2008.6a / Pulp Literature

2008.6.2 (Mon)

芦辺拓『裁判員法廷』(2008)

裁判員法廷(110x160)

★★★
文藝春秋 / 2008.2
ISBN 978-4163267906 【Amazon

弁護士の森江春策が活躍する法廷ミステリ。「審理」、「評議」、「自白」の3編。

「審理」は「オール讀物」2006年4月号、「評議」は「J-novel」2006年10月号・11月号が初出、「自白」が書き下ろしになる。後生の人のために書いておくと、日本での裁判員制度は2009年5月から導入される予定。なので、本書の目玉はその制度を先取りしたことにある。

本格ものとしては標準よりやや下で、特に見るべきところはなかった。「審理」が証言の誤りを暴くオーソドックスな形式、「評議」は裁判員たちのディスカッションが主軸、「自白」は前述の2編を踏まえたアクロバティックな内容になっている。

「審理」はまあ、映画を使ったアリバイトリックを除けば、わりと無理のない仕上がりで納得できる。ただ、「評議」はちょっとねえ。普通、録画映像の時刻が3分も飛んでいたら、アジャスト以前に改竄を問題にしないか? 捜査の段階で。国家的陰謀ならともかく、警察が見過ごすのはちょっと考えづらい。『すべてがFになる』【Amazon】は10年以上前の小説だ。特殊な死に方も併せて考えると、パズルを成立させるべく無理を通しているように見える。「大人の読み物」を目指しているわりに、状況設定が妙に安っぽいというか。また、「自白」はちょっとした捻りがあるのだけど、このトリックが生んでいるのは単純な「驚き」だけで、物語の演出にまったく寄与していないのが気になる。

ところで、「自白」に出てくる文芸ブローカーは、作家の若桜木虔がモデルだろうか。

もともとは、彼自身物書きで、ブームのジャンルに二番煎じ三番煎じの原稿をぶつけて荒稼ぎし、あとには草も生えないという凄腕で知られていた。愛弟子という名の、その実ピンハネ対象でしかないライター集団を引き連れて、下世話な言い方をすれば業界を“ブイブイ言わせて”いた時期もある。
何でも『要は、編集者をなだめすかして出版企画を通すこと。本さえ出せてしまえば、たとえ一冊も売れなかろうが、刷った分の印税はもらえるのだから、あとは野となれ山となれ。読者? そんなものの存在なんて考えたこともないね』というのが持論やそうで、あと『アイディアやネタに困ることはない。フィクションなら著作権の切れた作品からプロットをいただくし、ノンフィクションならネットの情報を切り貼りすればいい。昔なら、大宅文庫で同じテーマの記事を探し出して順列組み合わせしろ、とアドバイスするところだが、いや、便利になったもんだね』とも放言していたという。(p.162-163)

ここまで特定できる形で書いているのも凄い。ぜひ本人の感想を聞きたいところだ。

2008.6.3 (Tue)

小森健太朗『大相撲殺人事件』(2004)

大相撲殺人事件(100x160)

★★★
ハルキ・ノベルス / 2004.2
ISBN 978-4758420310 【Amazon

連作短編集。「土俵爆殺事件」、「頭のない前頭」、「対戦力士連続殺害事件」、「女人禁制の密室」、「最強力士アゾート」、「黒相撲館の殺人」の6編。

これは版元の紹介文が秀逸。

由緒ある歴史を誇る相撲部屋・千代楽部屋を訪れたアメリカの青年・マーク。ひょんなことから力士となるべく部屋住みの身となった彼だったが、そんな彼を待っていたのは相撲界に吹き荒れる殺戮の嵐! 立ち会った瞬間爆発する力士の身体、頭のない前頭の惨殺死体、連日順々に殺されていく対戦力士、女性が上がれないはずの土俵上に生じた密室状態、身体のパーツを集めるかのごとく発生する連続殺人、洋館に集まった力士たちを襲う見立て殺人……。マークの名推理が土俵の上に冴えわたる! 新本格の旗手が贈る超変格ミステリ登場。(裏表紙より)

荒唐無稽で笑える内容だった。屈強な力士たちがバタバタ死んでいる。相撲というのは非日常のベールに包まれているから、同じく非日常なミステリと相性が良いのだろう。本書は角界のディテールが思いのほか正確なので、ギャグに飢えた相撲ファンは必読である。

以下、各短編について。

「土俵爆殺事件」

千代楽部屋に脅迫状が届いた。差出人はこの部屋に所属していた元力士で、廃業後は家族と共に行方をくらましている。彼は部屋の大関に恨みを抱いていた。本場所の土俵上。大関が立ち会いでぶつかった瞬間、「ボン」と爆発した。

やけにあっさり種を明かしているけれど、この世界観でこのトリックはかなり意外かも。てっきり土俵の中に地雷が仕込まれていて、全身バラバラになるのかと思っていた。まさかこんな正統派とはねえ。★★★。

「頭のない前頭」

部屋の前頭が、風呂場で首なし死体になっていた。

切断された頭部を使って実地に検証しているのが笑える。★★★。

「対戦力士連続殺害事件」

めでたく幕内に昇進したマーク(幕の虎)。本場所が始まってからは、対戦相手が次々と殺され、不戦勝を重ねていく。

スモー、イッパイヒトシニマス。スモー、イノチノヤリトリダト、ニホンニキテマナビマシタ (p.102)

角界にも<大量死>の波が押し寄せてきた。これだけ人が死んでいるにもかかわらず、平然と場所を続けているのが凄い。国技の名は伊達じゃないって感じだ。犯行の動機も良い意味でトチ狂っている。★★★。

「女人禁制の密室」

親方の娘が、D県に建設された新・国技館を見に行く。そこで有名な女性知事の一行に遭遇。知事らは差別的なしきたりについて、抗議しに来ていた。折しも館内では清めの儀式が行われており……。

そういえば、むかし大阪の女性知事(太田房江)が土俵に上がろうとしていた。あのエピソードをここまで弄るとはさすがだ。手術してごにょごにょなんて想定外の展開である。★★★。

「最強力士アゾート」

遺体の一部を切断して持ち去る、力士連続殺人事件が発生。犯人は最強力士のアゾート(人肉人形)を作ろうとしているのか?

『占星術殺人事件』【Amazon】や『薔薇の女』【Amazon】が引き合いに出されている。アリバイトリックは意外と本格的。でも、動機がいまいちだったなあ。どうせならアゾートを真相にして、マークと対戦させれば良かったのに。★★★。

「黒相撲館の殺人」

滞在した洋館で見立て殺人。力士たちが次々と殺されていく。

『黒死館殺人事件』【Amazon】のパロディ。野見宿禰(のみのすくね)にまで遡る黒相撲の歴史に吹き出してしまう。あの雷電が横綱になれなかったのは、黒相撲の出自だったからだ! 日陰者の流派は少年漫画の定番。わくわくする。★★★。

なお、余談ながら以下は相撲の知識について。いくつか間違いがあったのでメモしておく。

  • 19ページ。「はたき落とし」という決まり手はない。
  • 26ページ。マークを幕下付け出しでデビューさせるのは制度上不可能。どんな有望力士であっても、アマチュアで所定のタイトルを取らない限り、付け出し資格は得られない。
  • 43ページ。髪結いが出来るのは床山だけ。力士はやらない。
  • 46ページ。午後5時に土俵の稽古はしない。どの部屋も午前中に済ます。
  • 112ページ。全ての力士は車を運転してはいけない。

他はまあまあ正しかった。お笑いのわりには調べているほうかも。

2008.6.4 (Wed)

クリストファー・プリースト『限りなき夏』(1966-)

★★★
An Infinite Summer / Christopher Priest
古沢嘉通 編訳 / 国書刊行会 / 2008.5
ISBN 978-4336047403 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「限りなき夏」、「青ざめた逍遥」、「逃走」、「リアルタイム・ワールド」、「赤道の時」、「火葬」、「奇跡の石塚」、「ディスチャージ」の8編。

「限りなき夏」、「青ざめた逍遥」の2編は恋愛を、「火葬」、「奇跡の石塚」、「ディスチャージ」の3編は性愛を、それぞれ扱っている。総じて突き抜けた面白さはなかったものの、それなりに牽引力のある短編が多かった。どれも翻訳SFとは思えないくらいすらすら読める。

以下、各短編について。

「限りなき夏」(1976)"An Infinite Summer"

20世紀初頭。ロイド青年の恋人セイラが、活人画(タブロー)として凍結された。ロイドは過去と未来を彷徨う。

こういうSFって状況を説明するのが面倒だなあ。要するに、時間に囚われて大変な目に遭っているカップルの話。20世紀初頭と、第2次大戦前後を交互に展開している。せつない内容のわりには文章が淡泊で、つるつるとあっけなく終わってしまった。ま、読みやすいのは良いことだけどね。★★★。

「青ざめた逍遥」(1979)"Palely Loitering"

マイクル少年は公園の施設から未来へ飛び、ある女性と運命的な出会いを果たす。元の時代に帰った少年は、順調に成長して妻子持ちの中年になった。

人はみな、青年期に情熱を抱く。だが、成熟したあとに、そうした情熱の源を再訪する機会を得る人がどれだけいるだろう? (p.92)

タイムトラベル系青春小説。この小説の何がせつないって、自分が恋愛の主体でなくなっているところだよなあ。いくら過去の自分に介入しても、今ここにいる自分が結ばれるわけではない。人格が別なのだから、他人の恋路を助けるのと一緒なのである。この図式は、『夏への扉』【Amazon】(ロリコン! ロリコン!)と比べて圧倒的に健全だと思う。★★★。

「逃走」(1966)"The Run"

車に乗った上院議員が、少年たちの群に襲われて逃走する。

終末っぽい雰囲気と、不吉なヴィジョンで読ませる。ただ、クライマックスで安直な表現が出てきて面食った。「外は、地獄だった。」(p.122)なんて説明いらなくね? 描写だけで良いよと思う。★★★。

「リアルタイム・ワールド」(1972)"Real-Time World"

観測所でスタッフ相手に実験をする語り手。現実と幻想の相関関係を調べるも、事態は思わぬ方向に……。

彼らと私、どちらの認識が間違っているのか。こういう葛藤はSFぽくって惹かれるものがある。現実と幻想をめぐる理論もなかなか。まったく古さを感じさせないのは、翻訳が新しいせいだろうか。★★★。

「赤道の時」(1999)"The Equatorial Moment"

時間に影響を与える<渦>の話。

夢幻群島もの。短いながらもSF的イマジネーションが詰まっている。これは映像で見たいかも。★★★。

「火葬」(1978)"The Cremation"

女性問題から逃れるべく島にやってきた男。その彼が叔父の代理で葬儀に出席し、遺族の女から意味深な視線を送られる。

夢幻群島もの。道理を超越した悪夢的な世界が素晴らしい。スライムといったら「ドラクエ」に出てくる可愛いやつを思い浮かべるけれど、ここに出てくるのは凶悪な害虫で怖気を誘う。異境の恐怖に、余所者の不安。まったく、変な女から妙な因縁をつけられて困っちゃうね。あまりに不条理で寓話めいている。★★★★。

「奇跡の石塚」(1980)"The Miraculous Cairn"

島へ渡ろうとする中年の語り手に、若くて魅力的な女性警官が護衛につく。2人はホテルで良い関係になりかけるも、語り手が乗り気にならない。

夢幻群島もの。子供時代を回顧しながら進んでいく。これは語り口が絶妙だった。警官との密な関係が、アイデンティティを確立した原初的な体験に繋がる。単純な「驚き」だけで終わらないのが良い。★★★★。

「ディスチャージ」(2002)"The Discharge"

自分の過去を思い出せない兵士。彼が<夢の大聖堂>で娼婦のお世話になる。

夢幻群島もの。『ファイナル・ファンタジーVII』【Amazon】を思い出したのは私だけか? ★★★。

2008.6.5 (Thu)

伊藤公紀 渡辺正『地球温暖化のウソとワナ』(2008)

地球温暖化論のウソとワナ(109x160)

★★★
KKベストセラーズ / 2008.4
ISBN 978-4584130704 【Amazon

「科学」にあやふやな点があるならば、それに基づいた「対策」も資源の浪費になってしまう。現在の地球温暖化問題を、「史上最悪の科学スキャンダル」と断罪、実態を明らかにする。

この分野は何が正しくて何が間違っているのか、よく分からないから困る。たとえば、本書では「温室効果の90%以上は水蒸気が受け持つ」(p.44)となっているのに対し、CGER(地球環境研究センター)のサイトでは、「温室効果は約6割が水蒸気、約3割が二酸化炭素によるもの」となっている。何でこんなに数字が違うのだろう? また、温暖化の根拠となる地表気温のデータは、観測所の不備が重なっていて眉唾である、と本書は主張する。では、仮にデータそのものが信用できないとなると、本書に添付された様々な図表も、鵜呑みにしていいのか疑問に思ってしまう。一般の読者は検証する暇がないのだ。この分野は広大なグレーゾーンを内包しているのであり、科学的な正しさについては、研究が進展するのを待つしかない。

とはいえ、京都議定書で日本が貧乏くじを引いたのは間違いないだろう。EUに嵌められたというのも納得できる。ただ、これは「科学」ではなく「政治」の話なので、温暖化がウソかどうかは実はどうでもいい。ゲームに参加した以上、ルールに則って勝たなければ損失を被るだけだ。現時点での試算では、第1約束期間が満了する2012年までに、2兆円で余所の国(ロシア)から排出権を買わなければならないという。当然そんなものは少しでも軽減したいし、さらには国際協調というお題目をビジネスに利用したい。官民挙げてのエコブームは今後も続きそうである。

以下、関連ページ。

2008.6.6 (Fri)

柏倉康夫『ノーベル文学賞』(1992)

★★★
丸善 / 1992.10
ISBN 978-4621050644 【Amazon

ノーベル文学賞は当初、ヨーロッパを中心に受賞者を選んでいた。発足から90年、紆余曲折の歴史を概観する。

ノーベル賞のコンテンツを充実させようと思って読んだ。受賞傾向の大まかな変遷をなぞっているうえ、作家について興味深いエピソードが散見できる。しかし、所詮は新書なので情報量が少ない。本格的に調べるには、『ノーベル賞文学全集』【Amazon】に当たるしかないようだ。

本書でもっとも印象的だったのがバーナード・ショウのエピソード。機知に富んだ皮肉屋だけあって、受賞の報を受けての反応が格好いい。

「私にとってこれは謎だ。たしかにその年度はなにも書かなかったから、この賞をもらったのだと思うよ。」(p.56)

さらに彼は賞金の受領を拒否し、文学交流のための基金に充てている。

格好いいといえば、受賞を拒否したサルトルも負けていない。賞が西側のものであることを喝破したうえ、後にこんなことを述べている。

「いったい誰がカントやデカルト、あるいはゲーテに賞を与える権利をもっているのか、ぼくには考えられない。そしてその賞は、あなたは今やある等級に属する、あるいは、われわれは文学を一定のランク付けられた現実に変えた、そしてあなたはそういう文学の甲なら甲、乙なら乙という順序に所属する、と言うことを意味するわけだ。そんなことができるなんて、ぼくは否認する。従ってぼくはあらゆる栄誉を否認するんだ。」(p.148)

栄誉はともかく、1億円もの賞金を蹴るのは大きな決断だろう。信念を曲げない2人に興味が沸いてきた。

2008.6.9 (Mon)

ロディ・ドイル『スナッパー』(1990)

The Snapper(103x160)

★★★
The Snapper / Roddy Doyle
実川元子 訳 / キネマ旬報社 / 1994.3
ISBN 978-4873760803 【Amazon
ISBN 978-0140171679 【Amazon】(原書)

ラビット家の長女シャロンが妊娠した。相手の名前を問いただす父に対し、シャロンは頑なに明かそうとしない。彼女は未婚の母になることを決意していた。

バリータウン4部作の2作目は、望まない妊娠を題材にした妊娠小説だった。アイルランドではカトリックの価値観が浸透しているため、堕胎が選択肢に入らない。従って、葛藤の軸は妊娠の是非ではなく、不在の種馬をめぐる人間関係の歪みに置かれている。父とのすれ違い、種馬との関わり、友人関係の破綻。突然の妊娠が周囲にささやかな波紋を引き起こしている。

といっても、これらはあくまでエピソードの一部であり、雰囲気はそう重苦しくない。この小説は紙幅の7割以上が会話、それも仲間内でのバカ話が主体になっている。そもそも前述の葛藤だってほとんどコメディの領域だ。父はただ拗ねているだけだし、種馬はヘタレた本性を発揮しているだけだし。やはり何気ない会話が一番の読みどころだろう。大所帯ならではの騒々しいやりとりや、下ネタ飛び交う女同士の集まりなど、労働者階級の飾らない日常が楽しめる。

軽快で読ませる小説ではあったけれど、続編と比べて一段落ちるのが残念だったかな。次作の『ヴァン』はとてつもない傑作だし、その次の『パディ・クラーク ハハハ』ブッカー賞を受賞している。本作はまだ肩慣らしといった感じだ。

>>Author - ロディ・ドイル