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- 25 : 橋本治『双調平家物語 1』(1998)
- 26 : 滝田ゆう『銃後の花ちゃん』
- 28 : フリードリヒ・グラウザー『老魔法使い』
- 30 : トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』(1984)
2008.7.25 (Fri)
▽橋本治『双調平家物語 1』(1998)

★★★★
中央公論社 / 1998.10
ISBN 978-4124901214 【Amazon】
序章として中国の奸臣を駆け足で追いかけた後、唐の玄宗の御代を掘り下げる。次いで舞台は日本へ。蘇我氏の4代目・入鹿の時代を詳述する。
人物描写が独特で面白かった。安禄山というと抜け目のない武人のイメージがあるけれど、本書ではただ人に好かれたいだけの蕃人として、ある種の無垢を体現している。この時期、老いた玄宗は国政を李林甫に委ね、自身は「人を愛すること」に心を砕いていた。宮中で美女の楊貴妃を愛し、道化の安禄山を愛し、そして天下の人民を愛していた。表面上は平和に見えるけれど、しかし水面下では権力への欲望が渦巻いている。キーパーソンは楊貴妃の一門・楊国忠だ。楊国忠は斜に構えた無頼漢みたいに描かれており、彼のねじくれた内面が安禄山を反乱に駆り立てることになる。
要するに、この小説の凄いところは内面への踏み込みなのだ。上記以外でも、たとえば史思明と息子の確執を悲劇的な美談に仕立てるとか、蘇我蝦夷の盛大な墓を厩戸皇子への対抗心に結びつけるとか、随所でアクロバティックな論理操作がなされている。ここまでくると普通の歴史小説ではなく、連城三紀彦や山田風太郎といったミステリの領域になるだろう。史実を踏まえながらも各人物を大胆に解釈し、独自のロジックに基づいた歴史絵巻を構築する。その格調高い美文と相俟って、非常に刺激的な読み物に仕上がっている。
それにしても、『平家物語』はいったいいつ始まるのか。シリーズの目次を見ると、4巻が保元の乱、5巻が平治の乱らしい。まあ、良い機会だから橋本史観をじっくり堪能しようと思う。
>>『双調平家物語 2』へ
2008.7.26 (Sat)
▲滝田ゆう『銃後の花ちゃん』

★★★
朝日新聞出版 / 2008.5
ISBN 978-4022140036 【Amazon】
アンソロジー。「銃後の花ちゃん」、「カツ丼怨歌」、「銀の砂」、「てっぽううどん」、「鳩野まち子の場合」、「朝子の履歴書」、「憤死学入門」、「朝の朝刊」、「傷心の丘」、「夢いちりん」、「カエルの命日」、「黄色い花」、「本番」、「さんりんぼう」、「隠密無情」、「同志諸君」、「女の宿」、「参加」、「まるごし会談」、「涙の連判状」、「星の流れ」、「からまわり」、「あしがる」、「長い道」、「月は上りぬ」、「皿右衛門失踪」、「しずく」、「最後の鋳掛屋」、「あいつ」、「マイゴーストタウン」、「ラララの恋人」、「剥製の館」、「彼女の世界」の33編。
いかにも昭和の青年漫画といった趣。スクリーントーンを極力排したヘタウマ調の絵で、暮らしのなかの哀切を写し取っている。前半は戦後の貧しい時期が題材。描線の濃い本格的な絵柄で描かれている。それに対して後半は、時代ものをはじめとした雑多な内容。4コマ漫画っぽいシンプルな絵柄で描かれている。基本的に人物がふにゃふにゃしているので、現代の漫画に慣れているとちょっと読みづらい。
以下、各短編について。今回は数が多いので、あらすじだけ記すことにした。
第一部
「銃後の花ちゃん」(1970)
戦争末期の下町。売春婦のもとに男がやってくる。空襲警報が鳴り響くなか、男は女を押し倒すが……。
「カツ丼怨歌」(1969)
戦後の貧しい時代。ウリをさせていた女房が病気になった。彼女のために夫が本物のカツ丼を探しに行く。
「銀の砂」(1970)
女がスコップと袋を持って銀砂を取りに行く。
「てっぽううどん」(1969)
職場で揉めた夫が飲んだくれて花札にはまる。
「鳩野まち子の場合」(1969)
戦後の歓楽街が法律の施行で消滅する。
「朝子の履歴書」(1970)
満員電車に乗車中の朝子が痴漢に遭遇、自分の過去がフラッシュバックする。
「憤死学入門」
ヤクザの下っ端が衆人環視でセックスさせられる。その後は殺人の罪を被ることに。
「朝の朝刊」
3つの新聞を読み比べると、デモの記事に微妙な異同があった。男が電話で問いただす。
「傷心の丘」
失恋した男の悲しみ。
「夢いちりん」(1972)
復員兵が妹と一緒に暮らす。
「カエルの命日」(1972)
1947年は食料が窮乏していた。そんななか、食い道楽の父が命を落とす。
「黄色い花」(1972)
配給も満足にない夫婦。妻が路地裏でレイプされそうになったところ、米兵たちに助けられる。しかし、彼女はジープで連れて行かれるのだった。
第二部
「本番」(1968)
鉢巻をした侍が刀で木に斬りつける。彼は本番のための練習をしていた。
ここから時代もの。どれも江戸時代が舞台。
「さんりんぼう」(1968)
家臣が殿様に申し開きをする。どうやらお咎めはないらしい。
「隠密無情」(1969)
腹に一物ある男が身分を隠そうと風呂屋に職を得たあと、すぐさま忍者に殺される。その時の遺言は……。
「同志諸君」(1969)
政治を憂う武士たちが書状に連名する。
「女の宿」(1969)
旅の男女が相部屋に泊まる。
「参加」(1969)
夫が武器を持って外に出ようとしたので、妻がそれを止める。
「まるごし会談」(1969)
会談の席での談笑にいらついた侍。
「涙の連判状」(1969)
忍者に襲われて連判状をとられる。
「星の流れ」(1967)
主君に妻を献上する夫。
「からまわり」(1967)
くじ引きで負けた侍が屋敷に抗議文を出しに行く。
「あしがる」(1967)
足軽が殿に呼び出されて切腹を命じられる。
「長い道」(1968)
仕官の決まった浪人が身なりを整えて出仕するも、お家に変事があって話がおじゃんになる。
「月は上りぬ」(1969)
足軽組が山の上で工事する。
「皿右衛門失踪」(1967)
殿の道楽に憤る家臣たち。
時代ものはここまで。
「しずく」(1967)
死刑囚に刑執行の出番が回ってきた。
ここから現代もの。
「最後の鋳掛屋」(1968)
戦後を脱却した日本。時代に取り残された鋳掛屋。
「あいつ」(1968)
女子大生が学生運動の闘士に惚れる。
「マイゴーストタウン」(1969)
突如都会から人がいなくなった。サラリーマンが右往左往する。
「ラララの恋人」(1968)
行く先々で騒動のきっかけになるカップル。
「剥製の館」(1968)
老人が人間の剥製を作ることに。
「彼女の世界」(1968)
風に飛ばされた商品券を取るため、OLがビルのへりを渡る。
2008.7.28 (Mon)
▲フリードリヒ・グラウザー『老魔法使い』

★★★
Der alte Zauberer / Friedrich Glauser
種村季弘 訳 / 国書刊行会 / 2008.6
ISBN 978-4336049834 【Amazon】
種村季弘遺稿翻訳集。「老魔法使い」、「尋問」、「犯罪学」、「はぐれた恋人たち」、「不運」、「砂糖のキング」、「死者の訴え」、「ギシギシ鳴る靴」、「世界没落」、「千里眼伍長」、「黒人の死」、「殺人──外人部隊のある物語」、「シュルンプ・エルヴィンの殺人事件──シュトゥーダー刑事」、「シナ人」の14編。
スイスのアウトサイダー作家によるミステリ小説集。著者はシュトゥーダー警部を主人公にしたシリーズもので、「スイスのシムノン」と絶賛されている。傾向としては、動機を主眼にした心理ものが多かった。トリックやロジックで読ませる作風ではなく、謎を媒介にした奇妙な人間ドラマみたいな感じ。読んでる最中はポーやボルヘスを連想したけれど、改めて振り返るとさほど似てなかったかもしれない。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(14編中5編につけた)。
シュトゥーダー初期の諸事件 "Wachtmeister Studers erste Falle"
「老魔法使い」
田舎に住む60歳の農夫。彼の先妻は3年以内に3人死んでいた。タレコミを受けたシュトゥーダー警部が現地に向かう。
内容は地味だけど物語の流れが良い。聞き込みで緊張感を高めてから直接対決へ。2人は酒を介して向かい合う。この動機は微妙にトチ狂っていて、何ともいえない決まりの悪さを感じる。子供の夢みたいに無垢だからこそおぞましいというか。誰だって叶えたいもんね、こういうの。☆。
「尋問」
殺人の容疑をかけられた男が予審判事に釈明する。列車の座席に怪しい新聞紳士。
これは見事な「信用できない語り手」だった。話が進むごとに話者のスタンスが変わっていく。一人称で一方的に喋り倒すのが良い。何か理性のたがが外れているような印象がある。殺しを認めた後の言い逃れ臭さも最高だ。☆。
「犯罪学」
犯罪捜査に化学検査が導入された。証拠が増えて一定の効果を挙げるが……。
証拠を捏造して有罪にするのだろうと思ってたらまったく違った。有罪ではなく別のほうに捻っている。こういう強かな話は、科学捜査の黎明期ならではだろう。よく出来たショートショートみたいなキレがある。☆。
「はぐれた恋人たち」
若い娘が溺死体で発見された。恋人が怪しいということで事情聴取する。
これもまあまあ捻ってある。殺人に匹敵する罪悪とは……。
「不運」
踏切番の男が予審判事に告白する。列車から投げ出された紙入れを拾ったら大金が入っていた。その後、角縁眼鏡の男が回収にくる。
「尋問」の姉妹編。ひょんなことから他人の金銭トラブルに関わってしまう。話が進むごとに「不運」が炙り出されていく面白さ。金を取り返そうとして失敗した挙げ句殺されてしまうなんて、まさに踏んだり蹴ったりだ。しかも、その金には「不運」な曰くがある。
「砂糖のキング」
胸を一突きされて死んだ男は、手に角砂糖とキング(チェスの駒)を持っていた。クライビヒ警部がダイイングメッセージの謎を解く。
わりと機知に富んだ解釈だった。砂糖とチェスが上手い具合に絡んでいる。でもまあ、こういうのってたまたま当たったみたいな不自然さがあるよな。ダイイングメッセージなんて所詮は作者の恣意にすぎない。
「死者の訴え」
女が同棲していた男を射殺、傍らに立って独白する。
珍しく叙情的な内容。だめんずへの恨み節から感傷へと流れこんでいく。「尋問」や「不運」がそうだったように、この著者が書く一人称は「語り」そのものに魅力がある。これは何なのだろうねえ。全て主人公の発話で構成されているから、昔の怪奇小説みたいな古めかしさを感じるのかな。よく分からない。
「ギシギシ鳴る靴」
療養中のシュトゥーダー警部が、下宿先で殺人事件に遭遇する。警部は屋根裏部屋に住む楽士の親娘と挨拶していた。
犯人がえらい屈折している。勝ち組・負け組はそれぞれの心次第ってことか。人間は身近な者に嫉妬するし、それが見下している相手だったら尚更である。みんなも経験あるだろ?
「世界没落」
書簡形式。予審判事が強盗に対して温情的な判決を与えた。周囲はそれを異常視している。案の定、強盗はすぐさま放火事件を起こした。判事にはどんな理由があったのか?
精神医学を取り入れたメンヘル系の小説。周囲の目から判事の異常さが露わになっていく。書簡ならではの他人行儀な叙述が良い。オール一人称とはまた違った味わいがある。☆。
「千里眼伍長」
フランス外人部隊。冴えない伍長が千里眼で事件を見通す。神父が出てきたり、降霊会を催したり。
比較的長い短編だったけど、どこが面白いんだかさっぱり。
「黒人の死」
フランス外人部隊。黒人の伍長が何者かに殺された。
外人部隊には訳ありが多いから、1人の人物を掘り下げると興味深い事実が出てくる。今まで読んできたフィクションはそうだったし、本作も同様だった。
「殺人──外人部隊のある物語」
フランス外人部隊。志願者手当を受け取った男が何者かに殺された。既にこの半年で4人殺されている。まもなく除隊になるやつが怪しいと踏むが……。
ん? これって4人とも同じ奴が殺したの? ともあれ、話としては新味に乏しくいまいちだった。
シュルンプ・エルヴィンの殺人事件──シュトゥーダー刑事(1935) "Schlummpf Erwin Mord: Wachtmeister Studer"
殺人事件の容疑者が拘置所で自殺未遂をおこした。かねてから容疑者の無罪を直観していたシュトゥーダー警部が、真相を明らかにすべく捜査する。
「シュトゥーダー(男の言い方では<ステューデル>だった)、なあいいか。田舎の一件の殺人事件より都市の十件の殺人事件のほうがはるかにまし、これは本当だよ。田舎では、村では、土地の人びとが鎖みたいにおたがい絡まり合っていて、だれしも何か隠しごとがあるものだ……何も聞き出せやしないぜ、何ひとつな。これが都市なら……そりゃ危険はいっぱいさ、けど若い者とすぐに友だちになれて、若い者はおしゃべりだ、ぺらぺらしゃべる……だけど田舎じゃな!……田舎の殺人事件となるともうお手上げだ……」(p.252)
長かった! 分量は薄めの長編くらいあって、捜査はなかなか進展しない。通常のミステリだったら第2第3の被害者が出てくるところ、この小説では最初の1人以外誰も死なない。刑事は田舎の閉鎖性に四苦八苦している。
事件自体はありがちなんだよね。我々の社会でも日常茶飯事になっている。ただ、小説の場合は関係者と直接関わるから、そのぶん田舎の病理、そして家族の病理が身近なものになる。
最終的に事件は収まるべきところに収まる。しかし、秩序の回復が完全に果たされないため、消化不良なもやもやした余韻が残る。こういう割り切れない話もたまには良い。☆。
シナ人(1938) "Der Chinese"
心臓を撃ち抜かれた死体は、シュトゥーダー警部が4ヶ月前に知り合った男だった。密かに「シナ人」とあだ名したその男は、生前シュトゥーダーに不吉な予告をしている。「シナ人」には多額の財産があり、周囲は彼の自殺を主張していた。
これも長かった! 正直前作と本作はかなり退屈だったけれど、ただまあ、シュトゥーダー警部の本質が分かったので、その点は良かったかもしれない。どうやら警部は単純な正義の代行者ではないようだ。この小説でも一部の関係者に柔軟な対応をとっている。つまり、「粋な計らい」ってやつだ。
2008.7.30 (Wed)
▲トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』(1984)

★★★
Slow Learner / Thomas Pynchon
志村正雄 訳 / ちくま文庫 / 2008.7
ISBN 978-4480424563 【Amazon】
ISBN 978-0316724432 【Amazon】(原書)
短編集。「小雨」、「低地」、「エントロピー」、「秘密裡に」、「秘密のインテグレーション」の5編。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(5編中2編につけた)。
「小雨」(1959)"The Small Rain"
陸軍の下仕官リヴァインが、ハリケーンの被害地域に派遣される。彼は大学出のインテリだった。
大量の死体(死)と酒場の姉ちゃん(生)が対比されて、ヘミングェイを絡めつつ物語はポジティブに終わる。この図式はいわゆる「エロスとタナトス」なんだろうか。ともあれ、習作のわりには完成度が高かった。☆。
「低地」(1960)"Low-lands"
結婚生活に苦しんでいる男フランジが、友人2人とロング・アイランドのゴミ捨て場に行く。
性的なメタファーと数回に及ぶ脱線、さらにそれらを経て寓意的な展開にシフトする。端的にいえば、夫婦関係について回りくどく書いた小説。若書きらしく才気走っている。
「エントロピー」(1960)"Entropy"
アパートでヒッピー的なパーティーをする。
熱力学の概念を用いて夫婦の危機を語っている。科学やら音楽やらちんぷんかんぷん。
「秘密裡に」(1961)"Under the Rose"
1898年のエジプト。イギリス人スパイが英国総領事の暗殺を防ごうとする。
スパイ対スパイの息詰まる攻防が面白い。ドイツ人スパイが機械化しているところは、さすが科学の国だと感心する。何たって「ナチスの科学力は世界一」だしな。
序文によると、著者はジョン・バカンを読んで育ったらしい。☆。
「秘密のインテグレーション」(1964)"The Secret Integration"
子供たちが秘密基地で襲撃計画を企てる。
無垢な子供世界から田舎の人種差別問題を照射している。