2008.10c / Pulp Literature

2008.10.24 (Fri)

フィリップ・K・ディック『まだ人間じゃない』(1980)

まだ人間じゃない(112x160)

★★★
The Golden Man / Philip K. Dick
浅倉久志・他 訳 / ハヤカワ文庫 / 2008.3
ISBN 978-4150116569 【Amazon

アンソロジー。「フヌールとの戦い」、「最後の支配者」、「干渉する者」、「運のないゲーム」、「CM地獄」、「かけがえのない人造物」、「小さな町」、「まだ人間じゃない」の8編。

10年ぶりに再読。いずれも出版当時未収録だった短編で、『ゴールデンマン』とセットになっている。原書【Amazon】は1巻本のようだ。

以下、各短編について。

「フヌールとの戦い」(1969)"The War with the Fnools"

フヌールの侵略を受けるアメリカ。フヌールたちはあらゆる職業の人間に一斉に変身し、社会に溶け込もうとしている。ところが、彼らの身長は人間の半分ほどしかなかった。

ユーモラスなアイディア短編。今までは身長でフヌールたちを見分けることができたけれど、あることをしたせいで彼らの身長が人間並みになってしまう。「やべー、これじゃ人類はお終いだー」というところへ、“気の利いた”オチが待っている。

残念ながらこのオチは滑っていて、例の3要素(男にとっての“悪徳”)を同列に並べるのはアイディアとして工夫がない。この短編はフヌール人のあり方が面白いくらいである。★★★。

「最後の支配者」(1954)"The Last of the Masters"

アナーキスト連盟が地上のあらゆる政府を根絶させて200年が経過した。ある地域では人間がロボットを崇拝し、こっそり支配者として頂いている。そのロボットは寿命が尽きようとしていた。

優秀な独裁者と不安定な無政府、どちらを選ぶのが人類にとって幸福なのか? 「自由」とは耳に心地良い響きだけど、理想と現実には相当なギャップがある。豊かな生活を送るには指導者が必要だし、「自由」にはそれを使いこなすだけの能力が必要になる。世界には完璧な政体なんてものはなく、民主主義も共産主義もベストとは言い難い。本作は古典的なテーマをほろ苦くまとめた佳作だった。★★★★。

「干渉する者」(1954)"Meddler"

無人のタイムマシンを未来に送り込んで街を撮影、干渉するたびに未来は悪くなり、ついには誰も人間が写らなくなってしまった。人類絶滅の原因を探るべく、1人の男が未来に乗り込む。

これはSFホラーだろうか。絶滅の原因には問答無用の怖さがある。しかし、なぜ干渉するたびに未来が悪くなったのかが分からない。というのも、仮に最後のアレが影響しているのだったら、段階を踏んだことの説明がつかない(妄想で補うしかない)からだ。さらに、この解釈だと最後はタイムパラドックスになる。★★★。

「運のないゲーム」(1964)"A Game of Unchance"

植民惑星にサーカス船団がやってきた。超能力者を使って景品をせしめる農民たち。しかし、その景品が村に災いを及ぼすのだった。

ディックってギャンブル好き? 「リターン・マッチ」(『ゴールデン・マン』所収)では大勢の客が命懸けで賭博していたし、本作では貧しい農民たちがなけなしの財産を賭けている。★★★。

「CM地獄」(1954)"Sales Pitch"

宇宙船で職場に通う男は、通勤途中のCM群にうんざりしていた。そんななか、自宅に訪問販売ロボットがやってくる。

さすが未来だけあってCMの手法が鬱陶しい。脳味噌に直接はたらきかける視覚広告なんてぞっとする。これならノイローゼになるのも無理はないだろう。でも、商品はわりと魅力的なんだよね。最後のロボットなんてめちゃくちゃ便利そう。機能的にはちょっとした「ドラえもん」だし。

それにしても、これが半世紀前の小説というのに驚き。生活空間がCMだらけになるいう方向性は全然間違っていない。★★★。

「かけがえのない人造物」(1964)"Precious Artifact"

地球とプロクシマが戦争し、前者が勝利を収めた世界。火星で働く改造技術者が、地球で意外な真実を知ることになる。

世界認識が揺らぐというディック十八番のテーマ。人々は放射能の影響でカツラと入れ歯を付けている。ディックの小説はこういう未来イメージがとても面白いと思う。★★★。

「小さな町」(1954)"Small Town"

地下室で鉄道模型をいじる男は、配管工の仕事に嫌気がさしている。そのうえ、彼の妻は浮気をしていた。

列車は力のシンボルであり、町のジオラマを作ることで支配欲を満足させる。この分析は当時としては鋭いんじゃないかなあ。さすが、「森の中の笛吹き」(『地図にない町』所収)でひきこもりを題材にしただけのことはある。

まず物質への偏愛があって、そこから一線を越えていく。この辺の過激化はミルハウザーっぽいかも。ラストは上手くひねっている。★★★★。

「まだ人間じゃない」(1974)"The Pre-Persons"

増えすぎた人口に頭を悩ますアメリカは、12歳未満の子供に対する<生後堕胎>を認めるようになった。親から見捨てられた子供たちは、次々と収容所に送られ処分されていく。

生き物が無力であればあるほど、造作なくそれを殺してしまう人間がいる、これはどういうことだろう? 子宮内の胎児のように。元来の意味の堕胎、つまり“出産前の堕胎”。今はどれも“未人間の堕胎”と呼ばれているが。胎児はどうやって自分の身を守ることができるんだ? あの子たちの代弁を誰がやってくれるっていうんだ? 医師ひとりが一日に百人も始末するあの生命……どれも無力で、言葉を発することもなく、ただ死んでいくんだ。(p.258-9)

人間と未人間の境界は恣意的に定められており、堕胎とは自分たちの都合で無抵抗な生命を殺すことだ、と主張している。12歳未満の子供は、知性の証である高等数学ができない。できないということは<魂>がないということであり、従って彼らは未人間である。未人間なら堕胎しても問題はない。<魂>を持ち出すこの屁理屈は、かつての黒人差別(*1)を彷彿とさせてぞっとする。キリスト教は常に俗情と結託してきたということなのだろう。小説としては感傷的なメッセージにうんざりしたけれど、現実の延長上にある非情な世界観には迫力がある。★★★★。

p.232 ×熱にとりつかれたように → ○熱に浮かされたように

*1: 黒人には魂がないから人間ではない。人間ではないから奴隷にしていい。

2008.10.27 (Mon)

マーク・ストランド『犬の人生』(1985)

犬の人生(100x160)

★★★
Mr. and Mrs. Baby and Other Stories / Mark Strand
村上春樹 訳 / 中央公論新社 / 2008.9
ISBN 978-4124035155 【Amazon
ISBN 978-4122039285 【Amazon】(文庫)

短編集。「更なる人生を」、「真実の愛」、「小さな赤ん坊」、「大統領の辞任」、「水の底」、「犬の人生」、「二つの物語」、「将軍」、「ベイビー夫妻」、「ウーリー」、「ザダール」、「ケパロス」、「ドロゴ」、「殺人詩人」の14編。

村上春樹翻訳ライブラリー。さすが詩人だけあって言葉への感性が段違いだった。日常からちょっぴりずれた奇妙なイメージを、清明な文体と意表を突く表現で描き出している。物語というよりは、何か小世界のような存在感。こういうのを読むと、小説が言葉の芸術であることを意識させられる。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(14編中5編につけた)。

「更なる人生を」"More Life"

語り手の「僕」が少年時代を回想し、作家だった父の幻影を見る。スランプに陥った父はフラストレーションを募らせ、ついには家族に見捨てられるのだった。

語り手には父に対する罪悪感があって、あるときは銀蠅、あるときは去勢馬、あるときは女と、関係のない生物に父の幻影を見出す。哀しみの雲がテンポ良く流れていき、晴れ間が見え始めるところで物語は終わる。静かな感慨がさざ波のように残る短編だった。☆。

「真実の愛」"True Loves"

中年男が自身の恋愛遍歴を物語る。彼は5度の結婚と6度の恋愛(妻以外との恋愛)を経験していた。

これは面白い。ひたすら、恋、恋、恋の連続。行為だけ見るとただの発情期だけど、その全てが真実の恋だから読み手の胸を打つ。語り手にとって恋愛とは結婚と別の位相にあり、数多の恋は泡となって消えていく。どれも瞬間的な片思いばかりで、決して成就されることはない。ところが、そんな儚い遍歴とは裏腹に、語り手の心は前を向いている。いつまでも途切れることのない、恋、恋、恋の連続。これこそが真の「恋愛体質」だろう。☆。

「小さな赤ん坊」"The Tiny Baby"

子供の生まれないうちからベビーシッターを雇っている女。彼女の赤ん坊は飛び抜けて小さかった。

現実なんだか妄想なんだか分からないシュールな状況。赤ん坊をハンドバッグに入れたとかあって苦笑してしまう。

「大統領の辞任」"The President's Resignation"

辞任した大統領が演説を行う。彼は気象政策に力を入れていた。

何だか意味不明な話。とりあえず、“ブルー”の使い方が印象的だった。

「水の底」"Underwater"

湖に潜る男が、錯綜する思考を一息に語っていく。

これはいわゆる「意識の流れ」ってやつか。とりとめのないイメージの連鎖を、奇跡のような言葉の積み重ねで表現している。詩人の面目躍如といった感じの逸品だった。本書の中ではこれがベスト。☆。

「犬の人生」"Dog Life"

夫が妻に秘密を明かす。妻と会う前の彼は犬だった。

犬だった頃の生活をロマンチックに語るのが可笑しい。表現がいちいちツボにはまっていて、村上春樹っぽいユーモアが感じられる。☆。

「二つの物語」"Two Stories"

(1) 馬に乗った女性がポルシェに轢かれる。(2) ビルの屋上から飛び降りようとする女性に、通りかかった男性が声をかける。

ストーリーとしては無関係な2つの小品で構成されている。強いて言えば、“永遠の休息”で繋がってるのかな。美しい仕上がり。

「将軍」"The General"

前線で指揮をとるモンロー将軍は、戦争に負けるよう大統領から指示を受けていた。

負けるためにひたすら死んでいく兵士たち。無為な戦闘をさせられている将軍が、最後は無鉄砲な行動を繰り返す。しかし死ぬことはおろか、かすり傷ひとつ負わない。光を欠いた人生をシュールに描いた短編だった。

「ベイビー夫妻」"Mr. and Mrs. Baby"

ベイビー夫妻の一日。

あまりに奇妙な話で感想が出てこない。とりあえず、書き出しが良かった。

カリフォルニアの朝。海は波間を次々にくねらせ、白い波頭をきらめかせ、その身を波打ち際に投げ出しつづけている。空は愛撫にも似た光を、繊細にまんべんなく送り届け、ベイビー夫妻がシーツと毛布に包まれたまどろみの世界に横たわり、隠蔽されている姿を見いだそうとする。彼らはなんと安らかに見えることか。眠りと覚醒とのあいだの差異が曖昧で、どんどん少なくなって、最後には苦痛を伴うこともなく消滅してしまえるというのは、彼らにとってなんと幸運なことであろうか。(p.119)

「ウーリー」"Wooley"

語り手の「僕」が、死んだ友人ウーリーの話をする。

まあ、ちょっと過激な人物だったみたいだ。これも感想が出てこない。

「ザダール」"Zadar"

ダルマチア海岸のザダールに逗留する男が、1人の女に目をつけた。あるとき、彼女がこちらを誘惑してくる。

これは見事はカウンター。のどかな旅から一変、男は倒錯したエロスの世界に入り込む。日常から非日常に移行するマンディアルグっぽい短編だった。☆。

「ケパロス」"Cephalus"

ケパロスは美女のプロクリスと結婚するも、2人の心はすれ違って悲しい別れをする。その後、ケパロスは新たな女と関わり、神からちょっかいを受けるのだった。

ギリシャ神話を彷彿とさせる寓話。人間の愚かさと神の不条理を描いている。面白いのは舞台設定がちぐはぐなところだろうか。大時代的な雰囲気を中核にしつつ、部屋にエアコンがあったり、通貨はドル立てだったり、現代的な意匠を交えている。

「ドロゴ」"Drogo"

「私」とドロゴのやりとり。

これもよく分からない。ドロゴって脳内人物だったの?

「殺人詩人」"The Killer Poet"

批評家の「私」が、天才詩人の処刑に荷担する。その後、自分の両親も殺害する。

夢をそのまま小説にしたような感じ。小説全体を奇怪な論理が貫いている。どうもこの著者は一筋縄ではいかない。

p.195 ×すべからく重要なことなのだ → ○当然(もしくは「すべて」?)重要なことなのだ