2008.12b / Pulp Literature

2008.12.12 (Fri)

ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器[第二版]』(2001)

影響力の武器[第二版](109x160)

★★★★★
Influence: Science and Practice, 4th Edition / Robert B. Cialdini
社会行動研究会 訳 / 誠信書房 / 2007.9
ISBN 978-4414304169 【Amazon

多様な刺激に晒される現代人は、環境に適応するために意思決定が自動化されている。人はどのようにして動かされるのか? 人間心理につけ込んだセールスのテクニックを、豊富な事例を交えて解き明かす。「返報性」、「コミットメントと一貫性」、「社会的証明」、「好意」、「権威」、「希少性」の6項目。

イエスと言わせるためのトリックを解析した、社会心理学の名著。噂に違わぬ凄い内容だった。訪問販売から宗教勧誘、果てはイデオロギー教育まで、マーケティングの武器になりそうなテクニックが網羅されている。人間の意識には無意識という盲点があって、敵はその領域を巧みに利用しているわけだ。こうすればこう反応し、ああすればああ反応するみたいに、人間の反応はしばしば自動化されている。現代社会に生きるすべての人たちは、騙されないよう本書を読んで防衛策を身につけるべきだろう。知識として頭の片隅に置いておくだけでも効果はあると思う。

ただ、多くの人に読んで欲しい反面、本書はその実用性の高さゆえに、あまり他人に勧めたくない。からくりが分かればいくらでも悪用可能だし、また、資本主義というのは騙される奴が一定量いるから回っているのだし。商品の原価を知られたくない小売業の心理といえば分かるだろうか。あるいは、手品の種を知られたくない奇術師のような気分というか。なるべくなら知識を独り占めしておきたい、そんな感じの本である。

日本ではよく、「ただより高いものはない」とか、「小さな親切大きなお世話」とか言うけれど、これは「返報性」を戒めていたのだろう。先人の知恵もバカにはできない。あと、ブログで閉鎖宣言して取り消せなくなるのが「コミットメントと一貫性」、みんなと同じ本を読んでみんなと同じ感想を抱くのが「社会的証明」、自分によく似たブロガーを好きになるのが「好意」、アルファブロガーのエントリを信用するのが「権威」、削除されたコンテンツを特別視するのが「希少性」と、人間の心理はたいてい『影響力の武器』で説明できる。

もちろん、本書はこんな指摘で終わるような浅薄な内容ではない。上記は私が適当に拵えた例えであって、大まかなカテゴリのなかには、クラスター爆弾のように細分化された「武器」が詰まっている。ここで詳しく説明しないのは、「知識を寡占したい」という欲求が働いているからだ。人間の心理にはどのような陥穽があり、敵はどのようにそれを利用しているのか。意思決定のメカニズムを解いた本書は、万物を破る矛にもなれば万物を防ぐ盾にもなる、攻守兼用の頼もしい武器と言えるだろう。できれば多くの人に読んでもらいたい/でも、あまりこの知識を広めたくない。情報というのは共有する人間が少なければ少ないほど価値があるわけで、なかなか悩ましい本である。

2008.12.20 (Sat)

イアン・ワトスン『スロー・バード』(1973-)

スロー・バード(110x160)

★★★★
Slow Birds and Other Stories / Ian Watson
佐藤高子・他 訳 / ハヤカワ文庫 / 2007.6
ISBN 978-4150116156 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「銀座の恋の物語」、「我が魂は金魚鉢の中を泳ぎ」、「絶壁に暮らす人々」、「大西洋横断大遠泳」、「超低速時間移行機」、「知識のミルク」、「バビロンの記憶」、「寒冷の女王」、「世界の広さ」、「ぽんと開けよう、カロピー!」、「アイダホがダイヴしたとき」、「二〇八〇年世界SF大会レポート」、「ジョーンの世界」、「スロー・バード」の14編。

ソフトからハードまで、ユーモアからシリアスまで、バラエティに富んだ内容で面白かった。どれも尋常でない奇想をベースにして、予測不能なストーリーを展開している。近年まれにみる打率の高い短編集だった。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(14編中9編につけた)。

「銀座の恋の物語」(1973)"Programmed Love Story"

西暦2000年の東京。別れた夫婦がクラブで再会、夫はホステスとしての妻に惚れ込む。

人生を賭けた壮絶なロマンスにくらくらきた。昔語り風の突き放した視点が、昭和のうらぶれた風景を連想させる。レトロな歌謡曲が似合いそうな短編だった。☆。

「我が魂は金魚鉢の中を泳ぎ」(1978)"My Soul Swims in a Goldfish Bowl"

男が洗面所で咳をしたら、口から白い生命体が飛び出してきた。妻はそれを夫の「魂」だと指摘、面倒を見るよう忠告する。

純度100パーセントのユーモア小説。本気なんだか冗談なんだかよく分からないところが可笑しい。実存について考えさせるということで、哲学的な趣さえある。魂とは何なのだろうか、みたいな。

「絶壁に暮らす人々」(1985)"The People on the Precipice"

頂上も底も見えない絶壁にぶら下がって暮らす人々。あるとき、彼らの周りで異変が起きる。

これは傑作。徹底した縦への想像力に引き込まれた。ストーリーも予測不能で素晴らしい。絶望的な状況になったからこそ、彼らは上へ上へと登っていく。☆。

「大西洋横断大遠泳」(1986)"The Great Atlantic Swimming Race"

国別対抗の遠泳大会。各国の代表がトラブルを起こす。

わたしに筋肉をお与えくださった主に称えあれ。立派なたんぱく質をお与えくださったマクドナルドに称えあれ。(p.73)

アホらしくて良い。細かいネタで笑わせてくれる。英国伝統の風刺小説といった感じ。☆。

「超低速時間移行機」(1978)"The Very Slow Time Machine"

未来からタイムマシンが到来、パイロットは時間を逆行しているようだった。

一発ネタで終わりそうだと思っていたら、物語はあれよあれよと壮大になっていった。神とか狂気とかそっち方面に話が広がっている。問題の男はオーバーロードみたいなものだろうか。小難しい理屈が出てきて読み応えがあった。

「知識のミルク」(1980)"The Milk of Knowledge"

中年の語り手が、ひょんなことから少年時代の自分の体に転生する。彼は絶望的な未来を変えようとするも、干渉するたびに時間が巻戻ってしまう。

キリスト教の価値観とSF的な想像力を無理なく繋いでいる(「超低速時間移行機」も同じカテゴリに入るだろう)。多元宇宙論ってこんな昔からあったのか、と感心。……って、「解除反応」(1948)(『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』所収)のときと同じ反応をしている。進歩ねーなー。

「バビロンの記憶」(1984)"We Remember Babylon"

アメリカ人の男女が、古代都市バビロンに滞在する。

正直、意味がよく分からなかったけれど、歴史を感じさせる壮麗な雰囲気に惹かれるものがあった。

「寒冷の女王」(1984)"Mistress of Cold"

戦争によって寒冷化した世界。そこに新たな異変が起きる。

絶対零度から相転移するというアイディアにわくわくする。寒冷化にも増して困難な状況なのに、なお前向きでいる女王が健気だ(といってもまあ、時間はたっぷりある)。「頑固とは、なんと美しい言葉だろう」(p.230)。こういうのって、宇宙の膨張と収縮を思い起こさせるね。我々の世界は危ういバランスの上に成り立っている。☆。

「世界の広さ」"The Width of the World"

とつじょ世界が広がり、目的地への距離が長くなる。

世界拡大の解釈が面白い。なるほど、巣別れの時期とはね〜。確かに現代は世界が狭いよな。☆。

「ぽんと開けよう、カロピー!」(1985)"On the Dream Channel Panel"

夢の中にCMが出てきた。同じ経験をした者たちが集まり、“夢チャンネル討論会”を開く。会の最中、空から食料が降ってきた。

欲望丸出しの怪しげな集会になっていて笑える。予想外な展開からのオチも良い。こういう執着は分からんでもないから困る。☆。

「アイダホがダイヴしたとき」(1985)"When Idaho Dived"

砂の潜水艦をめぐる昔話。

「二〇八〇年世界SF大会レポート」(1980)"The World Science Fiction Convention"

崩壊した世界でのSF大会。物々交換でオークションしたり、お決まりのスピーチがあったり。

われわれは、われわれの科学、われわれの世界を、新しく、自由につくることができます。科学的事実に手足を縛られ、鞭打たれて、SFはつねに虐げられてきました。しかしいま、そのくびきはなくなりました。(p.308)

すげー! SFの一人勝ちじゃん! 逆境にあっても希望を捨てず、物の見方を変えてしたたかに生きていく。まさに「未来は僕等の手の中」(by ブルーハーツ)だ。☆。

「ジョーンの世界」(1988)"Joan's World"

14歳の少女が、両親から<世界>をプレゼントされる。その<世界>は、人が触れれば触れるほど重くなるのだった。

暖かい世界を取り巻く不穏な気配っていうのが良いね。どこか遠くには地球を狙う異星人がいて、決して善意だけで成り立っているわけではない。そんななか、<世界>を通じて人類の輪を広げていく。奇想だけで終わらない素晴らしい小説だった。☆。

「スロー・バード」(1983)"Slow Birds"

スロー・バードという小型飛行機が消えたり現れたりする世界。スロー・バードは何の前触れもなく爆発し、辺り一帯をガラスに変えてしまう。誰も目的は知らないし、いつ攻撃が止むのかも分からない。そんななか、村では恒例のスケート・セイリング大会が行われていた。

これは傑作。てっきりレースが主体になるかと思っていたら、物語はあれよあれよと壮大な展開に。スロー・バードの謎が解明され、色々こじれながらも大団円を迎える。終わってみれば途方もない話だった。これはいわゆる「トール・テール」ってやつかな。☆。