2009.1c / Pulp Literature

2009.1.23 (Fri)

グレッグ・イーガン『TAP』(1986-)

TAP(102x160)

★★★
TAP and Other Stories / Greg Egan
山岸真 編訳 / 河出書房新社 / 2008.12
ISBN 978-4309622033 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「新・口笛テスト」、「視覚」、「ユージーン」、「悪魔の移住」、「散骨」、「銀炎」、「自警団」、「要塞」、「森の奥」、「TAP」の10編。

著者の科学観・道徳観が前面に出ていてまあまあ面白かった。とりわけ、“バカの壁”を描いた「銀炎」が心に残る。

以下、各短編について。

「新・口笛テスト」(1989)"Beyond the Whistle Test"

広告代理店のコンサルタントが、脳神経学に基づいたCM音楽を作る。そのメロディには強い中毒性があった。

お気に入りだったクラシック音楽の大半に感動しなくなって久しい──曲から商品を連想させるという自身の仕事の成果が、感動を台無しにしてしまうのだ──が、アンダーウッドの好みは幅広く、見つかるのを待っている、まだ傷ものになっていない宝石がほかのどこかに存在した。(p.16)

メロディが耳にこびりついて日常生活に支障が出るという話。むかしTBSが番組のVTRにオウム真理教の映像を紛れ込ませて問題になっていたけれど、本作はそういったサブミナルの聴覚版みたいだ。暴走したテクノロジーが、脳味噌に深刻な影響を与えている。マーケティングと洗脳は紙一重だよなあ。保険やサラ金のCMなんか鬱陶しいことこの上ないし。賢明な消費者はテレビから離れちゃうよ。★★★。

「視覚」(1995)"Seeing"

手術を受けた男が体外離脱体験をする。視覚の受容は通常通りなのに、視点は上方から見下ろすようになっている。

視覚と認識が乖離するというアイディアが面白い。目に入らない部分は脳味噌が勝手に補っているから、男が認識している像は不正確になってしまう。このメカニズムは、『機動戦士Zガンダム』【Amazon】の全天包囲モニターみたいだ。あれも限られたカメラの情報から、360°の映像をコンピュータで再構成している。★★★。

「ユージーン」(1990)"Eugene"

莫大な財産を得た夫婦が、子供を授かるべく出産専門家のもとへ。最先端の技術を駆使したクオリティコントロールを勧められる。

矛盾しているようなユージーンの存在が、科学を押しのけて哲学を引っ張り出している。可能世界が現実に影響を及ぼすって、SFではポピュラーな設定なんだろうか。何か壮大な屁理屈をくったような気分だ。★★★。

「悪魔の移住」(1991)"The Demon's Passage"

実験室にいる語り手が呪詛を撒き散らす。

『ジョジョ』の第3部に出てきた「女帝」を思い出す。ジョセフの腕にくっついて「ちゅみみーん」とか言うの。この小説はおぞましいものに知性を持たせることで、人間への批評的な視座と、鬼子の哀しい生き様(?)を炙り出している。結局、ガン細胞って何なのだろう。金八先生でいうところの「腐ったみかん」みたいなものかな。★★★。

「散骨」(1988)"Scatter My Ashes"

凄惨な事件に魅入られた男が、邪なある計画に巻き込まれる。

人間心理を拡大したホラー小説。刺激を求める本能が、節度を越えてしまうところに恐怖がある。はじめは鞭と蝋燭で満足していたのが、いつしか三角木馬を使うような感じ。アイロニカルなストーリーを、独特の幻想的な世界観で展開している。★★★。

「銀炎」(1995)"Silver Fire"

全世界で流行しているウィルス性の伝染病「銀炎」は、感染者の皮膚を灼いて高い確率で死に至らしめる。女性疫学者が感染ルートを調査すると、意外な事実が見えてきた。

わたしたちの世代は、重要なことはすべて、自分たちの子どもに伝えているつもりでいた。科学、歴史、文学、芸術。子どもたちの手がすぐ届くところには、厖大な情報の宝庫がある。しかしわたしたちは、すべての真実の中でももっとも苦労して手に入れた真実を伝えるための努力を、じゅうぶんにはしてこなかった。『道徳はわたしたちの内側にのみ由来する。意味はわたしたちの内側にのみ由来する。わたしたちの頭骨の外にある宇宙は、人間になど無関心だ』。(p.193)

時期が時期なので、新型インフルエンザを念頭に置きながら読んだ。病気に意味を見出す心理っていうのは、実感として大いに分かるからもどかしい。人は何か不幸があると、その理不尽さから逃れるためにさまざま理屈をでっちあげる。これは神の試練だとか、前世の呪いだとか、仏門に入る契機だとか。大病した人が宗教にはまるなんてよくあることだ。もういい加減、スピリチュアルとか占星術とか宗教とか血液型性格診断とかロハスとかホメオパシーとか愛国心とか、そういう胡散臭い商売は撲滅したほうがいいんじゃないの? ★★★★。

「自警団」(1986,87)"Neighbourhood Watch"

夢から生まれた怪物が、契約に従って町の犯罪者どもを掃除する。

視点は怪物にあるけれど、実は夢に縛られた人たちの話。脳足りんに見えた少年が、実は強い意志を持っていたという見せ方が上手い。『ジョジョ』の第4部に出てきた川尻少年を思い出す(←何でも『ジョジョ』に結びつける病気)。★★★。

「要塞」(1991)"The Moat"

リベラルな弁護士が、鑑識課の恋人から不可解な話を聞かされる。強姦魔のDNAが通常のものと異なっているとか。

ミュータント発生前夜みたいな不吉な予感がある。差別の根底には恐怖心があるのかな。白人/黒人、土人/移民とはまるっきりスケールが違う。さしずめ、ニュータイプ/オールドタイプといったところだ。★★★。

「森の奥」(1992)"The Walk"

若者が銃で脅されて森の奥へ引き立てられていく。そして、哲学的な話を聞かされる。

意外な展開の思弁SF。発想はとても面白いけれど、根本的に屁理屈にしか見えないんだよね。頭の中が“?”で埋まってしまう。たぶん、空っぽにして読まないと駄目なのだろうな。観念の先の奇跡を提示しているわけだし。★★★★。

「TAP」(1995)"TAP"

あらゆる感覚と思考を言語化するインプラント「TAP」。その機械の脆弱性をついた殺人事件が発生した。女探偵が調査する。

黒幕の理屈が難しかった。要は人類規模のすごい用途があるってことかな。★★★。

>>奇想コレクション

2009.1.28 (Wed)

フィリップ・クローデル『ブロデックの報告書』(2007)

ブロデックの報告書(107x160)

★★★★
Le Rapport De Brodeck / Philippe Claudel
高橋啓 訳 / みすず書房 / 2009.1
ISBN 978-4622074403 【Amazon

小さな村の住人たちが、1人の余所者を殺害した。当時その場を離れていたブロデックが、事件を報告書にまとめるよう村長に頼まれる。ブロデックは戦時中、収容所に入れられ辛酸をなめていた。村と収容所、陰惨な2つの記憶が交差する。

聖徳とはとてもおもしろいものだ。たまたまそういうものと出会うと、人はよくほかのもの、まったく別のものと取り違えてしまう、たとえば無関心、からかい、陰謀、冷酷、傲慢、それに軽蔑とか。誤解したあげく、腹を立てる。最悪の行動に出てしまう。聖人たちがいつも殉教してしまうのは、おそらくそのためなのだ。(p.43)

モデルになっているのはフランスとドイツの国境付近。収容所はナチスのユダヤ人収容所のこと。ただし、この小説では現実の国名・民族名などはいっさい明かされず(*1)『悪童日記』のような寓話的色彩で語られている。なぜ、村人たちは余所者を殺害し、報告書の作成にブロデックを選んだのか? また、村人たちから遠巻きにされているブロデックには、どのような過去があったのか? 物語は時系列を行きつ戻りつしながら進行、村を襲った不幸に迫っていく。

でまあ、これがかなり不吉で引き込まれた。たとえるなら、セピア色の静かな悪夢のよう。村人たちの閉鎖的な態度は薄気味悪いし、収容所のエピソードはあまりに非人道的で救いがない。事件の真相そのものは大してインパクトはないけれど、独特のセンシティブな語り口が、人間の不寛容さをめぐる普遍的な洞察を喚起している。この小説は「余所者」というのがポイントになっていて、ユダヤ人に限定させない話作りが巧妙だ。現実の歴史と距離を置くことで、集団の暴力をスマートな形で取り出している。

表紙に使われている肖像画が素晴らしい。この絵は作中のある重要なエピソードと結びついている。実は当該場面を読んだとき、絵画にそんな力があるのかよと半信半疑だった。ところが、読了後に表紙を見てびっくり。ちゃんと説得力のある形になっている。よくこんなイメージ通りの絵を見つけたなと感心した。

>>Author - フィリップ・クローデル

*1: 名前を含めたもろもろの言葉は、ドイツ風だったりフランス風だったりする。また、方言として独自用語が散りばめられている。

2009.1.29 (Thu)

エリザベス・フェラーズ『猿来たりなば』(1942)

猿来たりなば(111x160)

★★★★
Don't Monkey with Murder / Elizabeth Ferrars
中村有希 訳 / 創元推理文庫 / 1998.9
ISBN 978-4488159160 【Amazon

誘拐事件を解決すべく、イギリス南部の寒村にやってきたトビー&ジョージ。そこでチンパンジーの他殺体が発見される。飼い主である動物学者は、チンパンジーを金持ちの老婆に引き渡すつもりだった。

いやー、これは驚き。意表を突くトリックと、これまた意表を突く構造美を備えた佳作だった。出てくる奴らがオフビートすれすれの奇抜な人物ばかりだったので、誰が犯人なのかにはあまり興味が持てなかったけれど、犯行の手段(隠蔽工作)にかなりの工夫があって、その大胆な発想と巧緻な伏線に舌を巻いてしまう。しかも、凄いのはそれだけではない。種明かし後のフィニッシング・ストロークも相当なものだ。事件の本質とはあまり関係がないのに、それでも意外性があって思わず冒頭を確認してしまう。ひとことで言えば、「伏線の鬼」なのだ。最後の狙いすました一撃は、『ホッグ連続殺人』【Amazon】並のインパクトがある。

2009.1.31 (Sat)

大沢在昌『無間人形 新宿鮫IV』(1993)

無間人形 新宿鮫IV(109x160)

★★
光文社文庫 / 2000.5 / 第110回直木賞
ISBN 978-4334729981 【Amazon

新宿署の刑事・鮫島が、急速に流行りだした新型覚せい剤の密売ルートを探る。製造・販売には、地方を支配する財閥の若き兄弟が関わっていた。

『屍蘭 新宿鮫III』の続編。今回も犯罪者サイドの人間ドラマにウェイトが置かれているけれど、内容的には前作にまったく及んでいなかった。女をめぐる狂おしい情念や、都会から弾き出された若者の鬱屈など、心理面において凄味がなく、どれもステレオタイプに収まっている。ヤク中の進(すすむ)とチンピラの平瀬は作者の操り人形みたいだし、ファム・ファタルの景子はキーパーソンのくせに影が薄い。まるで馳星周の劣化版みたいだった。

さらに今回はプロットもいまいちで、複数の勢力が絡むわりには、敵グループが勝手に自滅していて拍子抜けする。これはたぶん書き飛ばしたんじゃないかなあ。直木賞というのは、その作家の最良の作品では受賞しないんだなと改めて思った。