2009.2a / Pulp Literature

2009.2.4 (Wed)

カーレド・ホッセイニ『千の輝く太陽』(2007)

千の輝く太陽(111x160)

★★★★
A Thousand Splendid Suns / Khaled Hosseini
土屋政雄 訳 / 早川書房 / 2008.11
ISBN 978-4152089762 【Amazon

私生児のマリアムと美少女のライラが、激動のアフガニスタンで困難な人生を歩む。戦渦に巻き込まれる町並み、移ろいゆく支配体制、女性への激しい抑圧。家庭では夫の暴力に苦しめられていた。

「覚えておきな、娘や。よく覚えておくんだ。磁石の針はいつも北を指し、責める男の指先はいつも女を指す。いつもさ。忘れるんじゃないよ、マリアム」(p.11)

カブール出身のアメリカ人によるエンタメ小説。本国ではベストセラーになっているようで、すらすらと読みやすい内容だった。本作は世代の違う複数の女性に焦点を当てながら、娘であること・母であること・女であることの意義を照らし出している。

ソ連によるアフガン侵攻から、アメリカによるターリバーン政権の崩壊まで、国際政治の草刈り場と化したアフガニスタン。ロケット弾が飛び交う危険な状況もさることながら、イスラームの戒律が凄まじく理不尽で、その前近代的な光景はとても同じ地球上とは思えない。女は家畜のような扱いを受けており、勉学や仕事に励むことはおろか、街を散策する自由すら奪われている。公の場での肌の露出は厳禁だし、親族以外の男と喋るのも御法度。家庭という名の檻に閉じこめられ、逃げ場のない暴力に晒されている。女の自立という観点からすると、かつてのソヴィエト傀儡政権のほうが遙かにマシで、社会主義が一種のユートピアになっているから恐ろしい。女への抑圧はターリバーン政権下で猖獗をきわめ、物語は地獄の釜の底のような状況になっている。

どうやら自由主義陣営にとって中東は今が旬のようだ。女性への差別・虐待が制度化され、自爆テロが横行するファナティックな世界。ささいな罪で重い刑罰を科し、時代遅れのドグマを強制するクレイジーな世界。人権無視の支配体制に憤りをおぼえる反面、こういう本がアメリカの無茶な武力介入にお墨付きを与えているようで、何とも居心地の悪い気分になる。本作は良くも悪くも“こちら側”の小説という感じだ。

>>ハヤカワepiブック・プラネット

2009.2.6 (Fri)

ジェフリー・ディーヴァー『魔術師』(2003)

魔術師(113x160)

★★
The Vanished Man / Jeffery Deaver
池田真紀子 訳 / 文春文庫 / 2008.10
ISBN 978-4167705688 【Amazon
ISBN 978-4167705695 【Amazon

イリュージョニストによる連続殺人事件。犯人は殺害時に様々な趣向を凝らし、巧みに姿を変えて現場から逃走していた。リンカーン・ライムとアメリア・サックスが捜査する。

『石の猿』の続編。何かえらいおバカな話だった。今回は探偵と犯人の知恵比べが臨界点に達しており、荒唐無稽というべき空中戦を繰り広げている。たとえるなら、モスラ VS キングギドラみたいなドリーム・マッチ。もともとこのシリーズは探偵小説のパロディを指向していたけれど(究極のアームチェア・ディテクティブ!)、ここまで悪ふざけに徹したのは初めてのような気がする。

今回の敵役は、超人的な奇術を駆使する“魔術師”。誇り高きエンターテイナーである彼は、マジックに擬した一種の“見立て殺人”を実行していく。怪人二十面相ばりの変装術に、どんな鍵でも瞬時に開けるピッキング能力、そして相手の裏をかく心理トリック。プロフェッショナルを自認する彼は、目的のためならいかなるリスクも厭わない。人間離れしたスキルを武器に、エクストリームな劇場型犯罪を演出している。本作はこの“魔術師”が魅力的だ。

ただ、いくらビョーキという設定とはいえ、事件の真相はあんまりではなかろうか。読者の裏をかこうとするあまりに、物語が破綻寸前になっている。まあ、これこそが作者一流の悪ふざけではあるけれど……。とりあえず、「余計なことしないで最初からいけよ」と突っ込んだのは私だけではないだろう。わざわざ回りくどい手段をとっていて笑ってしまう。

例によって犯人をめぐる「叙述トリック」が爽快。しかし、それ以外のギミックは予定調和でつまらなかった。まったくパンチが効いてないし、ショーを意識したミスディレクションも後出しじゃんけんになっていて、物語がどう転んでもあまり驚きがない。シリーズものとしては、前作に続いて低調な部類だった。

>>Author - ジェフリー・ディーヴァー

2009.2.7 (Sat)

J・M・G・ル・クレジオ『春 その他の季節』(1989)

春 その他の季節(110x160)

★★★
Printemps et Autres Saisons / Jean-Marie Gustave Le Clezio
佐藤領時 訳 / 集英社 / 1993.9
ISBN 978-4087731767 【Amazon

短編集。「春」、「幻惑」、「時は流れない」、「ジンナ」、「雨季」の5編。

南フランスや北アフリカといった地中海沿岸地域を舞台に、移民たちの人生や思い出を切り取っている。

以下、各短編について。

「春」"Printemps"

自分を捨てた母と同居することになった少女。2人の関係はぎくしゃくしていた。過去と現在が交錯する。

屈折した少女を主人公にした青春小説。それまで一貫して「母親」と呼んでいた相手を、名前で呼ぶようになったところが大きな進歩なのだろう。『海を見たことがなかった少年』の面影を残しながらも、またひと味違ったイノセンスが描かれている。★★★。

「幻惑」"Fascination"

ホールで食事をする男。そこにジプシーの美少女がやってきた。男は彼女の眼差しに吸い込まれ、過去に思いを馳せる。

執拗に描かれる眼差し、眼差し、眼差し。映像を喚起させるような内容だった。現在から過去へ白昼夢みたいに移行するのが良い。★★★。

「時は流れない」"Le temps ne passe pas"

少年時代の甘くせつない思い出。当時10代だった彼は、ゾベイードという名の少女の後をつけ、それをきっかけに仲良くなる。

これも“眼差し”が重要な意味を持っている。相手は移民ということで複雑な事情があるんだな。少年と少女、出会いと別れ。甘酸っぱい青春。★★★★。

「ジンナ」"Zinna"

オペラ歌手になったジンナの浮き沈み人生。側には男の子がいる。★★★。

「雨季」"La saison des pluies"

金持ちと結婚したジェンナだったが、戦争を機にこぶつきの未亡人になる。彼女は貧しさに耐えながら子供を育てるのだった。

最後に明かされる報われない愛。傍らにいて献身する男にぐっとくる。思うに、愛っていうのは本来こういうものなのだろう。愛されるために愛すのではなく、愛しているから愛すのだ。『星の王子さま』のあるエピソードを連想する。★★★★。

2009.2.8 (Sun)

津村記久子『アレグリアとは仕事はできない』(2008)

アレグリアとは仕事はできない(113x160)

★★★
筑摩書房 / 2008.12
ISBN 978-4480804174 【Amazon

短編集。「アレグリアとは仕事はできない」、「地下鉄の叙事詩」の2編。

軽妙な文体でまあまあ面白かった。日常のありふれた場面を題材に、登場人物のやや誇張された心理を描いている。どちらかというとストーリーはあまり重要ではなく、饒舌な内面を転がす補助線のような趣が強い。顕微鏡のような観察眼で、人生への満たされない思いを丁寧に拾っている。

以下、各短編について。

「アレグリアとは仕事はできない」(2007)

OLのミノベは、動作の不安定なコピー機<アレグリア>に不満を抱いていた。彼女はコピー機を擬人化し、その怠慢ぶりに怒りを募らせていく。

女の子向けの漫画みたいな短編だった。アダシノの絡ませ方がぎこちないけれど、ミノベと先輩の関係はそれなりに書けていると思う。★★★。

「地下鉄の叙事詩」(2008)

満員電車の車内を、複数男女のPOVで語る。

それぞれの呪詛と妄想が克明に綴られていて面白かった。満員電車という動きが限定された空間だからこそ、めまぐるしい心理描写/肥大した自意識が映える。人身事故と痴漢は余計に思えるけれど、これは物語を締めるためのデウス・エクス・マキーナみたいなものだろう。軽すぎず重すぎず、ツボをおさえた文章が心地良い。★★★★。