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- 12 : ギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』(2006)
- 14 : つげ義春『近所の景色/無能の人』
- 15 : 橋本治『双調平家物語 3』(1999)
2009.2.12 (Thu)
▲ギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』(2006)

★★★
The Act of Roger Murgatroyd / Gilbert Adair
松本依子 訳 / 早川書房 / 2008.1
ISBN 978-4150018085 【Amazon】
1935年のイギリス。吹雪で閉ざされた屋敷で密室殺人が発生、被害者はゴシップ専門のコラムニストだった。近所に住む元警部を呼んで事件の解決を依頼する。
被害者がみんなの嫌われ者であること、さらにタイトルがロジャー・シェリンガムを彷彿とさせるということで、バークリー風のアイロニカルな展開を予想していたら、中身は意外とまっとうなパロディだった。著者は執筆前にクリスティの長編すべてを読破したという。本作はいろいろ小ネタが仕込まれているけれど、それらはまったく面白くなくて(ポストモダンの駄目な部分がこれでもかと表れている)、見所は『アクロイド殺し』【Amazon】を発展させた一発ネタにある。このトリックは確かに強烈だ。捻りの効いたアイディアと、大胆不敵な綱渡り芸は、百戦錬磨のマニアさえ唸らせるだろう。本歌取りの上手さは、『そして誰もいなくなった』【Amazon】をモチーフにした『十角館の殺人』【Amazon】に匹敵する。
ただ、個人的には『ロートレック荘事件』【Amazon】を読んだときのような釈然しない思いがあるんだよね。辻褄はあっているし、伏線もはってあるし、総じてフェアプレイと呼べる。でも、トリックのためのトリックっていったいどこが面白いのだろう? 本作は、ミステリファンが自分たちの見識の高さを確かめ合うための内輪向け作品という感じがする。
2009.2.14 (Sat)
▲つげ義春『近所の景色/無能の人』

★★★
ちくま文庫 / 2009.1
ISBN 978-4480425447 【Amazon】
短編集。「魚石」、「近所の景色」、「散歩の日々」、「ある無名作家」、「石を売る」、「無能の人」、「鳥師」、「探石行」、「カメラを売る」、「蒸発」の10編。
つげ義春コレクション4。これはなかなか強烈。だめんずのオンパレードで胃がもたれてしまった。高度資本主義社会から落ちこぼれた無用者たち。嫁から役立たずと罵られ、人から最低と言われる彼らは、家庭や社会で肩身の狭い思いをしている。結局のところ、男の価値というのは金を稼ぐ能力で決まるんだな。去勢された男たちの無間地獄を堪能した。
ところで、本書は著者の自伝的作品のようだ。実はさいきん、“自分を虚構化する作業”に関心を持っているので、「解題」を含めていろいろ参考になった。実人生を下敷きに、どこでどう嘘をつくのかみたいな匙加減が面白い。ダンテの『神曲』とか、大江健三郎の「レイト・ワークス」とか、ああいう露悪的な趣向に惹かれるものがある。
以下、各短編について。
「魚石」(1979)
磨くと魚影が映るという「魚石」の話。
侍が質屋に持ち込んだ……というのが由来だけど、やはり詐欺師っていうのはいつの時代も頭がキレるみたい。まず小物をくすねることで心理的な毒を仕込み、じっくり寝かせてから大物をかっさらっている(でも、2年経ったら普通は「質流れ」扱いじゃないか?)。この挿話は現代に繋がっていて、作家のもとに「魚石」を持ち込んだ友人と重なる。彼は見るからに胡散臭いしね。
「近所の景色」(1981)
多摩川の土手下にはバラックの集落があり、そこには在日朝鮮人たちが住んでいた。不法に土地を占拠していた彼らは、地主から立ち退きを迫られている。
『檸檬』【Amazon】の情景を引き合いに出したやや感傷的な作品。弱者への眼差しが印象的で、主人公の胸のうちには、善意とエゴが微妙な割合でブレンドされている。
「散歩の日々」(1984)
妻子持ちの売れない漫画家は、暇にまかせて散歩の日々を送っていた。その彼が夜店の手伝いをする。
これは凄いわ。暗くもなければ明るくもない淡々したトーンで進みながら、最後にちょっとしたサプライズを仕掛けている。祭りの幸福感から一転するオチにまいった。こういう弱さは誰もが持っているから恐ろしい。本書のなかではこれがベスト。
「ある無名作家」(1984)
漫画家の助手をしていた男との再会。文学を志す彼には才能がなかった。酔っぱらって喧嘩したり、嫁に売春させたり、時とともに身持ちを崩していく。
破滅的な生き方がたまらんわ。いかにも昭和の文士って感じ。アシスタントでいることを屈辱と考え、ひたすら“自己表現”に拘る。今だったらウェブサイトを作ればいいけれど(ルサンチマンを募らせて他人のブログを荒らすのが関の山だろうか?)、昔は“表現”へのハードルが高かったから大変だ。出版社を通さないと世間に認知されないもんね。
「石を売る」(1985)
妻子持ちの男は漫画家業に見切りをつけて転職、現在は川原で石屋を開いている。開業して1年経つも、石はまったく売れなかった。
ここからは助川助三を主人公にした連作。拾った場所で石を売るなんて冗談としか思えないぞ……。
「無能の人」(1985)
助川助三が愛石家のオークションに参加する。
ここでも商才のなさが浮き彫りに。石はまったく売れず、それどころか必要経費で大幅に損をしている。そりゃ嫁も泣くわ。
古本屋の寝たきり店主が強烈だった。目が落ちくぼんで亡霊みたいになっている。
「鳥師」(1985)
鳥屋の主人から鳥師にまつわる逸話を聞かされる。
鳥屋の主人が酷いなあ。和鳥専門の店で、やってることは趣味の延長上。自己満足では商売にならないってことがよく分かる。
鳥屋の女房が強烈だった。デーモン小暮閣下とサザエさんを足して2で割ったようなツラをしている。
「探石行」(1986)
石を探しに家族で旅行する。
何がすごいって、亭主がどうしようもない駄目男なのに、ちゃんと家族関係が機能しているところだよ。考えてみれば、この男に不足しているのは金を稼ぐ能力だけであって、それ意外はわりとまっとうなんだよなあ。DVともアル中ともギャンブルとも無縁(“罵倒芸”と称した嫌がらせもしない)。それなりに家族を大切にしている。何だか騙された気分だよ。
「カメラを売る」(1986)
中古のカメラ屋をしていたときの思い出。
著者らしからぬ弾けたコマがあってびっくりした(288ページ)。
将来を悲観するあまりに自分で自分をダメなほうへ追い込んでいく。こりゃ他人事じゃねーわ。私も心配性なタチなので気をつけよう。
「蒸発」(1986)
古本屋の寝たきり主人は病気のフリをしていた。彼は郷里から蒸発してここに流れ着いたという。
んー、難しい。安部公房っぽいかな。無能でいることは社会からの蒸発を意味する? 分かるようで分からない。「解題」によると、続編を構想していたようだ。
2009.2.15 (Sun)
▲橋本治『双調平家物語 3』(1999)

★★★
中央公論新社 / 1999.3
ISBN 978-4124901238 【Amazon】
天智天皇が崩御したのち、大海人皇子と大友皇子が争う壬申の乱が起きる。それから20年後、持統天皇の代に藤原不比等が台頭、皇室と深く関わり、藤原氏繁栄の基礎を築く。
『双調平家物語 2』の続編。日本の古代史はイコール天皇の歴史なんだなあということがよく分かる。お隣の中国とは違い、天皇に取って代わろうという傑物が出てこない。皇室と縁戚関係を結び、君主の後ろ盾になることで権勢を誇っている。だから、支配者の系譜は狭い血縁関係のなかに収まっているのだ。自らが矢面に立たないこの気質は何なのだろう? すごく不思議だし、なおかつ不気味だと思う。
天皇も人の子ということで、後継者問題に愛情が絡むところが面白い。あの英明な天智天皇でさえ、息子の大友皇子を後継者に指名しているし(*1)、その後の持統天皇は、夫である天武天皇の意思(*2)に反して、息子の草壁皇子・孫の軽皇子を贔屓している。要するに親バカなんだな。そこが政権の大きな隙になっているわけで、小説に織り込まれた著者の解釈には説得力がある。
藤原不比等が蘇我馬子と重なるのは気のせいだろうか。父の鎌足は大化の改新で功があり、死ぬ直前に大織冠と藤原姓を賜った開祖ではあるけれど、一族繁栄という意味ではいまいちぱっとしない。蘇我氏でいえば、馬子の父・稲目のようなポジションになっている。藤原氏も蘇我氏も、2代目からが本番って感じ。事実この巻の不比等は、藤原姓から他の中臣一族を排除し(*3)、蘇我氏本家のような一大ブランドを打ち立てている。
つまり、血筋や家名は強力な支配ツールなのだろう。今だって政治家は2世3世が多いしね。昔からやってることはあまり変わらないみたい。
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