2009.3c / Pulp Literature

2009.3.24 (Tue)

ナギーブ・マフフーズ『シェヘラザードの憂愁』(1982)

シェヘラザードの憂愁(112x160)

★★★
Layali Alf Layla / Naguib Mahfouz
塙治夫 訳 / 河出書房新社 / 2009.2
ISBN 978-4309205120 【Amazon

『千夜一夜物語』の後日談。千夜に及ぶ物語で改心したかに見えるシャハリヤール王だったが、シェヘラザードは彼に血の臭いを感じており、体は許しても心は許していない。一方、町ではイフリートが人々を破滅に追いやっていた。

庶民から貴人までをパノラマ風に捉えたアラビアン・ファンタジー。複数人物に焦点を当てた物語の集合体になっていて、そのなかには「二人のスルタン」みたいなパロディ(*1)も入っている。精霊が当たり前のように出てきたり、登場人物がアラーを称えていたり、雰囲気はわりと『千夜一夜物語』に近い。ただ、原典と大きく異なるのは、どのエピソードも同一平面上の出来事である点だ。めくるめく入れ子構造ではないし、それぞれの人物はご近所さんの関係にある。

イフリートの介入が引き金となって、等身大の心の弱さが露わになる。総じて人間の卑小さを照らし出した意欲作ではあるけれど、話は小粒であまり面白味を感じなかった。せいぜいユーモアと不条理の入り混じった喜劇といったところ。パスティーシュ以上の何ものでもなく、「純文学」という売り文句がいまいちぴんとこなかった。

>>Author - ナギーブ・マフフーズ

*1: 元ネタは「いかさま教主」(『バートン版 千夜一夜物語 4』所収)。

2009.3.27 (Fri)

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(110x160)

★★★★
新潮文庫 / 1988.10 / 谷崎潤一郎賞
ISBN 978-4101001340 【Amazon
ISBN 978-4101001357 【Amazon

(1) 計算士の「私」が、博士の依頼を受けたことで陰謀に巻き込まれる(「ハードボイルド・ワンダーランド」)。 (2) 外の世界からやってきた「僕」が、壁に囲まれた街で閉じた生活を送る(「世界の終り」)。

10年前に読んだときは傑作だと思ったけど、いま読み返したらそうでもなかった。心理学の取り込み方が露骨なうえ、プロットの結びつきもきっちりしすぎていて物足りない。そりゃ謎で話を引っ張っているのだから、探偵小説ばりに真相を暴露するのも悪くないだろう。でも著者の場合は、わずかに辻褄が合わないくらいがちょうどいいんだよね。種を明かすことで寓話ならではの豊饒な世界が損なわれるし、真相だって博士がただ説明しているだけで工夫がないし。その点、『ねじまき鳥クロニクル』は適度にしこりを残していて、デヴィッド・リンチの映画みたいな奥行きが感じられる。村上春樹のマジックは、謎を放置して想像させるところにあるのだ。緻密な構成だとかえって興を削がれてしまう。

>>Author - 村上春樹

2009.3.30 (Mon)

デヴィッド・リンチ『エレファント・マン』(1980/英=米)

エレファント・マン(113x160)

★★★
The Elephant Man
ジョン・ハート / アンソニー・ホプキンス / アン・バンクロフト / ジョン・ギールグッド
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 【Amazon

19世紀末のロンドン。外科医のトリーヴス(アンソニー・ホプキンス)が見世物小屋で出会った青年(ジョン・ハート)は、その奇形的な外見から「エレファント・マン」と呼ばれていた。彼は本名をジョン・メリックといい、先天性の障害を負っている。トリーヴスはメリックを病院に引き取るが……。

この映画の何が凄いって、無駄にサスペンス度が高いところだろう。ヒューマンドラマのはずなのに、音楽がやけにおどろおどろしくて、まるで切り裂きジャックでも出てきそうな雰囲気。街は過度の工業化によって汚染されており、そのごつごつした風景が、弱者を見世物にする荒んだ人心と重ね合わされている。この映画の大きな特徴は、絵的な対比が多いところだ。常に「見世物」を意識していて、たとえば「見世物小屋」(下品)と「劇場」(上品)の組み合わせはその最たるものだと思う。

ナースがめっちゃ可愛い! 愛くるしい顔つきもさることながら、メイド服みたいなエプロンドレスがあまりにキュートで萌えてしまった。昔の病院っていいなー。こんな制服のナースがいるんだったら、いつまでも入院していたいよ。それどころか、思わず「結婚してくれ」って口走っちゃうよ。何で現代のナース服は味も素っ気もない白衣(*1)なのだろう? エプロンドレスのほうが患者も癒されるだろうに。現代の医療は、効率化と引き換えに大切な何かを失ったような気がする(←大袈裟)。

*1: いや、これはこれでキュートです。「白衣の天使」です。

2009.3.31 (Tue)

エリザベス・ボウエン『愛の世界』(1955)

愛の世界(108x160)

★★★
A World of Love / Elizabeth Bowen
太田良子 訳 / 国書刊行会 / 2009.1
ISBN 978-4336049872 【Amazon

アイルランドのモンフォート荘園。ダンビー家の人々の前に、今は亡きガイ・ダンビーの手紙が現れた。彼は第一次大戦で戦死した元当主で、手紙は女に宛てたラブレターのようだったが……。エゴに基づいた危うい人間関係が揺れ動く。

開放的な風景と閉塞的な磁場が同居したような小説だった。不在の元当主が原因で、じめじめした心の澱が吹き出している。いまや時代遅れとなった荘園は、過去を象徴する大きな枷になっていて、関係者はそれぞれ歪んだ内面を抱えている。表面上は変化に対応したとはいえ、心理的にはまだ抜け出せておらず、過去からの手紙が断ちがたい病巣と化しているのだ。この小説は時間と空間を巧みに絡めながら、各人の思惑を分かりやすく整理していて、昨年読んだ『エヴァ・トラウト』より親しみやすかった。