2009.4c / Pulp Literature

2009.4.21 (Tue)

トマス・キニーリー『シンドラーズ・リスト』(1982)

Schindler's List(104x160)

★★★★
Schindler's List / Thomas Keneally
幾野宏 訳 / 新潮文庫 / 1989.1 / ブッカー賞
ISBN 978-4102277010 【Amazon
ISBN 978-0671880316 【Amazon】(原書)

ナチスによるユダヤ人虐殺。ドイツ人起業家のオスカー・シンドラーが、多数のユダヤ人を工場に雇い入れてその命を救う。

家畜用の貨車──それはこう語っている。ユダヤ人だろうとドイツ人だろうと、われわれみんなけだものなのだ、と。(p.188)

ノンフィクション・ノヴェル。ブッカー賞の落ち穂拾いとして読んだ。内容はスピルバーグの映画版とほぼ同じなので、映画さえ観ていれば特に読む必要はないだろう。映画版は感傷的なラストが玉に瑕だけど、エピソードは驚くほど原作に忠実だし、また、集団に吹き荒れる狂気を迫真の映像で再現している。“原作越え”を果たした数少ない映画だ。

ユダヤ人を救おうとするオスカー・シンドラーを“光”とすれば、ユダヤ人を殺戮するアーモン・ゲート大佐は“影”に相当する。同じ支配層でも価値観がまったく違っていて、虫けらのように人を殺す“影”の人間性がどのようにして育まれたのか興味は尽きない。この辺りのココロの闇は心理学の本を参照するとして、物語では“光”と“影”の距離が近しく、2人の関係には薄氷を踏むような緊迫感がある。隣りに生殺与奪の権を握った狂信者がいて、彼の意に反する行動を密かにとっているのだから、普通の人は身が持たないだろう。私だったら間違いなく胃潰瘍になっている。シンドラーは起業家らしい世渡りの上手さ──賄賂を送って機嫌をとる──で状況をコントロールしていて、その面従腹背なプロットがスリリングだったりする。

戦前のオスカーは何らおどろくべきことをしなかったし、それ以後にしても、とくに人より優れたところのある人間ではなかった。それゆえ、世界が荒れ狂った一九三九年から四五年までの短い期間に、隠れた能力をいやおうなく引っ張り出してくれる人々に出会ったのは、彼にとって幸運なことだった。(p.602-3)

こういう感覚って歴史上の偉人に共通していて面白い。前漢の劉邦や蜀漢の劉備など、戦乱がなかったらまず青史に名を残すことはなかった。少し前に日本で“自分探し”がブームになったけれど、究極的には乱世に身を投じることでしか達成できないのかもしれない。潜在能力を引き出さないと生き残れないから、命懸けで自分と向き合うことになる。偉人伝の面白さは、その人の意外な素質が噴出するところにある。

2009.4.22 (Wed)

貫井徳郎『乱反射』(2009)

乱反射(111x160)

★★★
朝日新聞出版 / 2009.2
ISBN 978-4022505415 【Amazon

団塊オヤジ、有閑マダム、病弱の大学生……。小市民たちの些細なモラル違反が重なって、事態は“殺人”にまで発展する。

あり合わせの材料を使った仮想シミュレーションみたいな話。犬のフンの始末とか、救急医療の崩壊とか、手前勝手な環境保護運動とか、ワイドショーのティピカルな事例を組み合わせて1つの像を構築している。この小説の大きな特徴は、どこにでもいそうな(そして、現実にはどこにもいそうにない)人物を敢えて配置しているところだろう。それぞれに悩みがあって、それぞれに生活があって、それぞれに小さな役割がある。個々の成り行きを丁寧に描いていくことで、モラル違反をめぐる状況に現実味が生まれている。

偶然が噛み合うパズルのような面白さがあったし、皮肉な落としどころも悪くなかったと思う。ただ、この手の娯楽小説がいまいち物足りないのは、人物の内面がはっきり色分けされているからで、矛盾や綾を全て説明するところに窮屈さを感じてしまう。しかも、ここぞというときにはオーバーアクトになっていて(「咆哮」はやりすぎでしょう)、その分かりやすい感情表現に戸惑いをおぼえる。文章はかなりの上手さだし、人物もよく描けているとは思うけど、全体的にどこか安っぽい。

2009.4.23 (Thu)

ニール・ゲイマン『アメリカン・ゴッズ』(2001)

アメリカン・ゴッズ(110x160)

★★★
American Gods / Neil Gaiman
金原瑞人 野沢佳織 訳 / 角川グループパブリッシング / 2009.2
ISBN 978-4047916081 【Amazon
ISBN 978-4047916098 【Amazon

服役中のシャドウのもとに妻の訃報が届いた。出所後は謎の老人ウェンズディに雇われ、神々の争いに巻き込まれる。

人間たちはもはや、わたしに生贄として雄羊や雄牛をささげない。絞首刑にされてカラスについばまれた殺人者や奴隷の魂を送ってくることもない。人間どもはわたしを作ったのに、わたしを忘れた。(vol.2 p.39)

アメリカなのに八百万の神が出てくるところが可笑しい。オーディンやヴィシュヌといった古代の神だけでなく、インターネットやテレビといった新しい神まで出てくる。物質に神を見出すのって日本だったら珍しくないけれど、これがアメリカとなると意外な感じがして何だか嬉しくなる。依然として主流はキリスト教(一神教)で、政治と分かちがたく結びついているからだろうか。しかも、本作はアメリカ史を神話レベルで解体し、彼の地を神々の移住地として再建築している。古い神々と新しい神々の対立は、そのままヨーロッパとアメリカの対立と言い換えることができるわけで、外部の人間には伺い知れない“因縁”を感じる。この小説は、アメリカを蹂躙する大胆な想像力が楽しい(*1)

シャドウの造詣が村上春樹っぽいと思った。ストイックで義理堅く、筋を通すためだったら命の危険も省みない。自ら進んで神話的な冒険に踏み込んでいる。とりわけ、暴力を得意とするチェルノボグとのやりとりが最高だ。2人はある約束を媒介に、奇妙な緊張関係を保っているのだけど……。あくまで死の危険に身をさらすシャドウ。意外な形でそれに応えるチェルノボグ。不覚にも最後はほっこりしてしまった。

*1: ちなみに、著者はイギリス生まれ。

2009.4.25 (Sat)

黒澤明『影武者』(1980/日)

影武者(113x160)

★★
仲代達矢 / 山崎努 / 萩原健一 / 根津甚八 / 大滝秀治 / 室田日出男 / 倍賞美津子 / 桃井かおり / 隆大介 / 清水紘治 / 山本亘 / 阿藤海 / 江幡高志 / 油井昌由樹 / 志村喬 / 藤原釜足
東宝ビデオ 通常版【Amazon】 / 普及版【Amazon

信玄(仲代達矢)の影武者を務めていた弟・信康(山崎努)が、自分の後釜として信玄似の盗賊(仲代達矢)を連れてくる。その後、信玄が凶弾に倒れたので、盗賊が信玄役を務めることになる。

近年まれに見るスケールのでかい(=金のかかった)時代劇で、画面の重厚さにぐぐっと惹きつけられたけれど、その反面、アート気取りのどうでもいいシーンに時間をかけていてとてもだるい。湖に信玄の即身仏を沈めるところとか、長篠の戦いで死体を俯瞰するところとか、あんなに尺いらんだろと思う。戦闘シーンなんか、騎馬隊が一糸乱れず駆け回っていて迫力あったのになあ。本作はいつも以上にスノッブな香りがして鼻についた。

出演者の大多数が時代劇の演技をするなか、主演の仲代達矢だけがシェイクスピア風の舞台演技をしていて、要するに大袈裟な身振りが本作の肝なのだろう。確かにこれぐらい極端にやらないと、あの重厚な画面には映えないのかもしれない。でも、特に人物が“立っていた”とは思えず(真の主人公は「馬」だ)、結局は俳優の貫禄負けという一般的な見解に落ち着きそう。悲劇を強調しすぎていてくどかった。

信長(隆大介)はわりとイメージ通りだったかな。信玄のことを「信玄坊主」と呼んだり、宣教師に「アーメン!」と叫んだり、でっかいグラスでワインを飲んだり、エネルギッシュな異端児キャラだった。あと、側にいた小姓(森蘭丸?)が凄くホモっぽい。機転のきく美少年という感じ。

2009.4.30 (Thu)

フラナリー・オコナー『フラナリー・オコナー全短篇 上』(1946-)

フラナリー・オコナー全短篇〈上〉(113x160)

★★★★
27 Short Stories / Flannery O'Connor
横山貞子 訳 / ちくま文庫 / 2009.3 / 全米図書賞
ISBN 978-4480425911 【Amazon

短編集。「善人はなかなかいない」、「河」、「生きのこるために」、「不意打ちの幸運」、「聖霊のやどる宮」、「人造黒人」、「火の中の輪」、「旧敵との出逢い」、「田舎の善人」、「強制追放者」、「ゼラニウム」、「床屋」、「オオヤマネコ」、「収穫」、「七面鳥」、「列車」の16編。

ジム・トンプスンといい、フラナリー・オコナーといい、アメリカ南部はナチュラルに狂っていて怖い。人々は異様に信心深く、何かあるとすぐキリストや神様を持ち出している。この世界では、まるで鳥インフルエンザのように大昔のドグマが蔓延しているのだ。しかも、ウィルスは微妙に突然変異を起こしているようで、当たり前のようにヒトの精神を歪めている。荒涼とした大地とグロテスクな観念。およそ世界の一等国とは思えない、アナザーワールドがここにはある。

もうひとつ特徴的なのが、南部人の頑迷さを相対化しているところだろう。差別や偏見、正義感などが空回りして、しばしばとんでもない醜態を晒している。“井の中の蛙”が“大海”に出会うとどうなるのか。環境と人間の化学反応を冷静に見極めていて面白い。

以下、各短編について。

短篇集『善人はなかなかいない』(1955)

「善人はなかなかいない」(1953)"A Good Man Is Hard to Find"

車でフロリダへ向かう一家が事故で立ち往生、犯罪者グループに遭遇する。

これはもう圧倒的。意味不明なキリスト問答と、条理を越えた暴力が平然と同居している。なぜ彼らが冷酷な行動をとるのかといったら、それはここが南部だからだろう。もう理屈でどうこう言えるレベルではない。逃れられない死の力学が働いている。★★★★。

「河」(1953)"The River"

山っ気のある男の子が、河にいる説教師から洗礼を受ける。説教師には癒しの力があるとの噂だった。

こりゃすげえ。説教師のビョーキな魂が男の子に取り憑いている。宗教は人を歪めずにはいられないのだ。ってか、そう単純な話でもないんだけど。★★★★。

「生きのこるために」(1953)"The Life You Save May Be Your Own"

片輪の浮浪者が白痴娘と結婚する。娘の母から金をもらい、2人は新婚旅行に出るが……。

乾いてるなー。アメリカ南部は乾いている。そりゃエグザイルするしかないよ、生きのこるために。

ヒッチハイクの少年を拾ったときは不吉な予感をおぼえた。だって、最初の2編でみな死んでいるから……。アメリカ南部では、生と死が常に隣り合わせにある。O・ヘンリー賞。★★★★。

「不意打ちの幸運」(1949)"A Stroke of Good Fortune"

32歳の女の妊娠が発覚する。彼女は子供が欲しくなかった。

この女は知恵遅れの気がある。★★★。

「聖霊のやどる宮」(1954)"A Temple of the Holy"

2人の女子中学生が祭りでフリークスを見る。

フリークスとキリスト教はよく似合う。そもそも、クリスチャンって精神的なフリークスだし(←爆弾発言)。結局、宗教って現実逃避の慰めでしかないんだろうか。★★★★。

「人造黒人」(1955)"The Artificial Nigger"

老人が孫を都会に連れて行く。老人は生意気な孫を教育するつもりだったが……。ある出来事を機に、2人の信頼関係が崩れる。

老人の俗っぽさは身につまされるね。何かにつけて自分の優位性を示しつつ、肝心なところでは孫を見捨てる。油断していると同じことをやりかねないから気をつけなきゃ。

啓示が訪れるんなら宗教も悪くない……か? 著者のことだからもっと意地悪な結末になると思ってた。

翻訳にやや違和感。何度か「黒人」が出てくるけれど、これって本当は「黒んぼ」だと思う。脳内で訳語を置き換えながら読んだ。★★★★。

「火の中の輪」(1954)"A Circle in the Fire"

女主人が切り盛りする農場に、3人の少年がやってくる。彼らは勝手に馬を乗り回したり、食料を盗んだりしていた。業を煮やした女主人は、少年たちを追い返そうとする。

冒頭のやりとりが物語の予言になっていて、不可避的な悲劇に突っ走っていく。「土地は誰のものでもない」というのは、簒奪者のための都合の良い屁理屈だ。欲望に取り憑かれた少年たちには、現実を貫く社会常識が通用しない。勝手気ままに行動し、悲劇を起こす火種と化している。★★★★。

「旧敵との出逢い」(1953)"A Late Encounter with the Enemy"

104歳の老人と62歳の孫娘。

おいおい、2人の歳がすげえなあ。現代日本だったら介護疲れで普通に殺してるだろ。★★★。

「田舎の善人」(1955)"Good Country People"

義足で病弱なインテリ女が、聖書のセールスマンを誘惑する。ところが……。

これを青年の一人称で書いたらジム・トンプスンになるんじゃないかな。愚鈍なふりをして女を誑かすというヘタレ男子の願望充足的なプロット。★★★★。

「強制追放者」(1954)"The Displaced Person"

農園の女主人が、ナチスから逃げてきたポーランド人の一家を雇い入れる。

南部人が土地に執着するのは、もともと自分たちがヨーロッパから来た余所者で、現地人の土地を収奪してきた過去があるからだろう。働き者のポーランド人への過剰反応が面白い。★★★★。

初期作品

「ゼラニウム」(1946)"The Geranium"

南部の老白人が、ニューヨークの娘のもとで暮らす。

南部のマッチョ白人も都会に来たら無力だ。ここでは黒人が1人の人間として自立している。田舎の優越感はまったく通用しないし、ときには酷い誤解を受けることも……。いやはや、哀れだね。★★★★。

「床屋」(1947)"The Barker"

インテリ白人が、無知な床屋たちを説得すべく演説する。

文字通りの“床屋政談”。話の通じない相手にやたらムキになって空回りしている。まあ、結論ありきで対話の回路を閉ざしているし、集団でバカにした態度をとっているし、インテリが怒るのも無理ないかな。ああいう連中はスルーするに限る。★★★★。

「オオヤマネコ」(1947)"Wildcat"

オオヤマネコの予感におびえる老人。★★★。

「収穫」(1946)"The Crop"

創作に没頭する女。

ある種の人間の気まぐれを切り取っている。最後は苦笑い。★★★。

「七面鳥」(1948)"The Turkey"

少年が七面鳥を捕まえる。

神様っていうのは当てにならないもんだね。著者らしい皮肉なオチ。★★★。

「列車」(1948)"The Train"

列車内での出来事。男がばつの悪い思いをする。

思い込みに囚われていく様子が凄いかも。世界の狭さを露呈させている。★★★。

>>『フラナリー・オコナー全短篇 下』