2009.5a / Pulp Literature

2009.5.1 (Fri)

柴田元幸 高橋源一郎『柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方』(2009)

柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方(109x160)

★★★★
河出書房新社 / 2009.3
ISBN 978-4047916081 【Amazon
ISBN 978-4309412153 【Amazon】(文庫)

柴田元幸と高橋源一郎の対談。2人が小説の読み方・書き方・訳し方について語っている。また、海外・国内小説のブックリストもあり。

刺激的な知見があちこちにあって面白かった。私は高橋源一郎にはあまり興味がないのだけど、この対談では柴田元幸の良きパートナーとして、絶妙な調和を生んでいたと思う。高橋は柴田が翻訳したブコウスキーを絶賛し、柴田は高橋の小説にバーセルミを見出している。どちらも英文学に傾倒しているから話が合うのだ。読み書きから翻訳まで、海外から国内まで、それぞれの個性を活かした読み応えのある対談だった。

以下、柴田元幸の発言。

(……)翻訳文学を読む時の楽しみのひとつは、日本語でできることが微妙に内側から広がっているような感じがするということだろうと思うんです。まったく新しい日本語が外から持ち込まれているというよりは、一応日本語のふりをしているんだけど、ちょっとずつ日本語でやっていること・やっていないことをずらしていると。(p.98)

実をいうと、私は谷崎潤一郎や三島由紀夫の文章を名文と思ったことはなく、その代わり、柴田元幸や鈴木道彦の翻訳を名文だと思っていて、つまりネイティブな日本語よりも翻訳文のほうが好きなんだけど、自分でも理由がよく分からなかった。それどころか、文学センス皆無な異常趣味かと思っていた。なので、上記の引用には目から鱗が落ちたのだった。

でまあ、確かに実感としては、翻訳文学と日本語文学はまったく違う。内容ではなく、言葉の質が決定的に違う。個人的には、翻訳文こそが日本語の上位概念だと思っていて、日本語小説化した一部の翻訳(最近のクレスト・ブックスとか)は、文学の表現として反動的だと思っている。翻訳文学と日本語文学は別リーグなのだから、中途半端な迎合は止めてほしい。

以下、高橋源一郎の発言。

(……)小説の素晴らしいところは、そこに書かれていることが嘘かもしれないということですからね。あるいは本当なのかもしれない。つまり、一種の手品なんです。だから、小説家は種明かしをしてはいけない。コードというのは「こういう展開ですけれども、本当のテーマはこれですよ」という種明かしをするための種なんですね。そして、いま、小説は、種明かしとセットで売られていると思います。(p.33)

これって必要以上に文学を持ち上げたことの弊害ではなかろうか。作品には公式の“正解”があって、その鍵は大文字の作者が握っている、と。そういえば、「私は作者(ピンチョンだったか)にインタビューしたからこの小説の解釈は完璧だ」みたいなことを得意げに書いてた人がいたっけ。恥ずかしいったらありゃしない。小説の楽しみはそんなところ(種明かし)にはないよ。

以下、2人が挙げた本のリスト。

柴田さんが選んだ「海外小説」30冊

高橋さんが選んだ「海外小説」30冊

高橋さんが選んだ「ニッポンの小説」30冊

柴田さんが選んだ「海外に紹介したい現代日本の小説」30冊

  • 阿部和重『ニッポニアニッポン』【Amazon
  • 伊井直行『本当の名前を捜しつづける彫刻の話』【Amazon
  • 池澤夏樹『星界からの報告』
  • 石黒達昌『平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、』【Amazon
  • 小川洋子『沈黙博物館』【Amazon
  • 奥泉光『浪漫的な行軍の記録』
  • 金井美恵子『兎』【Amazon
  • 川上弘美『龍宮』【Amazon
  • 玄侑宗久『アブラクサスの祭』【Amazon
  • 小島信夫『残光』【Amazon
  • 笙野頼子『二百回忌』【Amazon
  • 高橋源一郎『日本文学盛衰史』【Amazon
  • 田中小実昌『ポロポロ』【Amazon
  • 筒井康隆『虚人たち』【Amazon
  • 寺山修司『赤糸で縫いとじられた物語』【Amazon
  • 中上健次『枯木灘』【Amazon
  • 中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』【Amazon
  • 猫田道子『うわさのベーコン』【Amazon
  • 野中柊『ヨモギ・アイス』【Amazon
  • ひさうちみちお『パースペクティブキッド』【Amazon
  • 平出隆『猫の客』【Amazon
  • 古井由吉『杳子・妻隠』【Amazon
  • 古川日出男『サウンドトラック』【Amazon
  • 保坂和志『この人の閾』【Amazon
  • 堀江敏幸『郊外へ』【Amazon
  • 町田康『くっすん大黒』【Amazon
  • 三浦俊彦『たましいの生まれかた』【Amazon
  • 盛田隆二『ストリート・チルドレン』【Amazon
  • 四元康祐『笑うバグ』【Amazon
  • 和田忠彦『声、意味ではなく』【Amazon

2009.5.3 (Sun)

ポール・トーディ『イエメンで鮭釣りを』(2007)

イエメンで鮭釣りを(111x160)

★★★★
Salmon Fishing in the Yemen / Paul Torday
小竹由美子 訳 / 白水社 / 2009.4
ISBN 978-4560090022 【Amazon

イギリスの水産学者アルフレッド・ジョーンズ博士が、イエメンに鮭を導入するという奇妙なプロジェクトに巻き込まれる。依頼人はイエメンの大富豪だった。政治的な色彩を帯びたその計画は、様々なドラマを内包しながら着実に進んでいく。

これはけっこう良かったかも。砂漠に“鮭”という地理上の困難と、イスラーム世界に“釣り”という文化上の困難。信じれば不可能も可能になるというポジティブな姿勢を描きながら、一方で安易な大団円には持っていかず、潮が引いたあとの浜辺のような寂寥感を残している。およそ正気の沙汰とは思えない「イエメン鮭プロジェクト」は、希望や欲望といった数多の思惑を呑み込み、予想だにしなかったとんでもない結末を迎える。本作は荒唐無稽なお祭りをユーモラスに、かつ多角的な構成で描いていて、とても読みやすい小説だった。

ジョーンズ博士はプロジェクトを通して仲間との結束を固める一方、キャリアウーマンの妻との関係は悪化していく。異文化交流には成功しても、身近な問題には手がつけられない。じわじわと溜まっていく不満は、いつしか飽和点にまで達する。

この部分、同僚との甘いロマンスを回避して試練を与えているところが良い。浮き沈みあってこそ人生という逆説的な楽観を感じる。

>>エクス・リブリス

2009.5.4 (Mon)

ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』(1993)

パパの電話を待ちながら(109x160)

★★★
Favole al Telefono / Gianni Rodari
内田洋子 訳 / 講談社 / 2009.4
ISBN 978-4062149716 【Amazon

ショート・ショート集。「運の悪い狩人」、「アイスクリームの宮殿」、「うっかり坊やの散歩」、「壊さなければならない建物」、「くしゃみを数えるおばさん」、「とんがりのない国」、「バター人」、「アリーチェ・コロリーナ」、「チョコレートの道」、「ブリフ、ブルフ、ブラフ」、「ストックホルムの町を買う」、「王様の鼻をさわる話」、「ピオンビーノのおいしい雨」、「チェゼナティコの回転木馬」、「オスティアの海岸で」、「雑誌から飛び出したネズミ」、「マンジョーニア国の歴史」、「アリーチェ、海に落ちる」、「鐘の戦争」、「進め! 若エビ」、「逃げる鼻」、「どこにもつながってない道」、「かかし」、「夢見るステッキ」、「ジャム作りの名人アポッローニア」、「アーダおばさん」、「太陽と雲」、「死ななければならない王様」、「流れ星を作る魔法使い」、「ミダス王」、「青い信号」、「猫を食べたネズミ」、「9を下ろして」、「透明人間トニーノ」、「優しいジルベルト」、「泣く、ということば」、「熱ないない病」、「日曜日の朝」、「眠るとき、起きるとき」、「クリスタルのジャコモ」、「ねんねんころり」、「ひとりだけれど七人」、「コロッセオを盗んだ男」、「星へのエレベーター」、「トロリーバス75番」、「逃げたプルチネッラ」、「ヴァルテッリーナの左官屋」、「兵士の毛布」、「真実の星」、「宇宙の料理」、「学習キャンディ」、「宇宙ヒヨコ」、「まちがいだらけのお話」、「2点増しで合格」、「どうってことない小男」、「地球と人のものがたり」の56編。

小学生向けの童話。出張中のお父さんが電話で子供に語りかけるという形式で、シュールだったりファンタジックだったり、バラエティ豊かな作品集になっている。全体の傾向はいまいち掴みづらいけれど、何か一定の前向きな倫理が働いているような感じ。童話ながらも意外と含蓄に富んでいて、大人でも楽しめるような内容になっている。

お気に入りは、「チェゼナティコの回転木馬」、「進め! 若エビ」、「逃げる鼻」、「アーダおばさん」の4編。

「チェゼナティコの回転木馬」は、現実を軽々と乗り越えるスケールのでかさが良い。子供心に訴えかける健全な稚気を感じる。

「進め! 若エビ」は、理想的な生き様を絶妙な距離感で示した傑作寓話。因習に逆らう若エビの孤独を通して、我が道を行くことの尊さを称えている。

「逃げる鼻」は、ゴーゴリの有名短編を踏まえたナンセンスな小話。キレ味鋭いオチで笑わせてくれる。

「アーダおばさん」は、終末期の老婆の行動を暖かく見つめた逸品。どんなに貧乏でも人生には実りがあるという強い倫理を忍ばせている。

どれも説教臭くないところが好感触だ。

2009.5.5 (Tue)

目黒寄生虫館+研究有志一同『寄生虫のふしぎ』(2009)

寄生虫のふしぎ(108x160)

★★★
技術評論社 / 2009.1
ISBN 978-4774137537 【Amazon

6人の学者が分担して執筆した寄生虫入門書。「『寄生』ってなに?」、「『宿主』のふしぎ」、「寄生虫のからだのふしぎ」、「今危ない寄生虫(原虫編)」、「今危ないぜん虫(原虫編)」、「寄生適応のふしぎ、宿主の攻撃から逃れろ!」、「ヒトだけじゃない寄生虫」の全7章。

「宿主」は「しゅくしゅ」と読むとか、原虫やぜん虫の特徴とか、様々なレベルの寄生虫知識が得られる。なかでも面白かったのが、学者たちの業績を紹介した項だ。一部の先人たちは、自分の体内に寄生虫を宿して観察に取り組んだという。そして、それが元で命を落とした人も少なくないそうだ。恐るべし、学者の探求心。恐るべし、寄生虫の魔力。自らを実験台にしたその心意気に呆れ、もとい、感じ入ったのだった。

なお、サナダムシ・フリークだったら、アーヴィン・ウェルシュの『フィルス』は必読。この小説は悪徳警官ものでありながら、随所でサナダムシの語りが割り込んでくるという前代未聞の趣向が凝らされている。しかもただの一発ネタではなく、サナダムシの生態を活かした技ありの構成になっており、マニアの評判も高い。虫好きに薦めたい1冊だ。