2009.5c / Pulp Literature

2009.5.23 (Sat)

山田正紀『ナース』(2000)

ナース(110x160)

★★
ハルキ・ホラー文庫 / 2000.8
ISBN 978-4894567474 【Amazon

ジャンボ機の墜落した山中に、日本赤十字から7人のナースが駆けつける。現場は死者が蠢く地獄と化していた。ナースたちは協力して怪物に立ち向かう。

看護婦の仕事というのは、つまるところ腐爛が進行し、汚濁がひろがって、ものみなすべてが一気に、無意味なカオスにながれ込みそうになるのを、かろうじて「秩序」の縁に押しとどめようとする作業といっていいかもしれない。(p.100)

ゾンビとナースを組み合わせた新感覚スプラッタ・ホラー。突っ込みどころ満載で面白かった。人外の化け物が襲ってくるという極限状況にもかかわらず、ヒロインたちはいちいち“ナースの掟”を守ろうとしている。たとえ怪物でもナースが人を傷つけるのはいけない。たとえ怪物でも臨終のときは手を握ってあげるべきだ──。おいおい、そんな悠長なこと言ってる場合か? 命がかかってるんだぞ、命が。せっかく救急車に乗ってるんだから、普通に跳ね飛ばしていけよと思う。

また、本作は折に触れてナースの特徴を説明している。曰く、ナースは悪臭に慣れてなんぼの職業である。曰く、ナースの組織は軍隊に通じるものがある。曰く、ナースはタフでなければやっていけない。そのほとんどは真に迫った記述で、おそらく実態とそうかけ離れていないのだろう。ナースの日常は失望と落胆の連続であり、いかなる苦境のなかでも、奉仕と献身の心を忘れてはならない。だから、ゾンビに対してさえ“ナースの掟”を遵守するのだ。

何て美しい精神なのだろう。プロ意識がおでんの具のように染み込んでいる。本作を読んで、ナースへの敬意がふつふつと沸き上がってきたのだった。

ナースとは、この地上で唯一“愛”を実践する白衣の戦士だ。しかし、愛には代償がつきものである。常に生と死の狭間に身を置いているから、精神的なダメージも大きい。歴戦のボクサーがパンチドランカーになるように、ナースたちは独特の職業病を抱えている。

末期患者を看取るのを仕事にしている看護婦たちは、十人が十人、無意識のうちに、死人が生きているのは当たり前だ、というふうに感じているはずである。(p.84)

おいおい、断言しちゃってるよ。「十人が十人〜感じているはず」って。この記述は果たして本当なのだろうか? 私なんかは苦笑いしたクチだけど、一方でこれが事実である可能性も捨てきれない。ナース稼業の大変さは、われわれ一般人には想像もつかないし……。これは是非、リアル・ナースの感想を聞きたいところだ。

2009.5.28 (Thu)

ピーター・キャメロン『最終目的地』(2002)

最終目的地(108x160)

★★★★
The City of Your Final Destination / Peter Cameron
岩本正恵 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2009.4
ISBN 978-4105900755 【Amazon

交通の便もままならないウルグアイの村落では、作家の遺族たちが平穏な生活を送っていた。そこへアメリカから一通の手紙が届く。差出人はオマーという名の大学院生で、作家の伝記を書きたいから公認が欲しいという。遺族たちは断りの返事を出すも、しばらくして手紙の主がやってくる。

なるほど、これが「イギリス古典小説の味わい」(*1)ってやつか。キャラの立った小説で面白かった。ウルグアイという欧米から離れた中立地帯で、文化的背景の異なる人たちが肩を寄せ合って暮らしている。彼らの穏やかな日常は、ある種のユートピアを想起させるけれど、実は傍から見るほどには幸せではない。まるで籠の中の鳥のように、過去の思い出に囚われている。また、一方のアメリカ人も、いまだ人生を掴み取っておらず、今回の交渉が避けることの出来ない“通過儀礼”になっている。ある者は頑固、ある者は皮肉屋、ある者は強気。そして、中心には重い過去が鎮座している……。この小説の妙味は、個性の強い人たちが織りなす異文化コミュニケーションにあると言えよう。何となく保たれていた均衡が、価値観の衝突によってビリヤードよろしく弾け飛ぶ。各人の思いが錯綜する人間ドラマを堪能したのだった。

>>新潮クレスト・ブックス

*1: 裏表紙の宣伝文句。