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- 01 : アキフ・ピリンチ『猫たちの聖夜』(1989)
- 05 : デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』(1992)
- 08 : ドン・デリーロ『墜ちてゆく男』(2007)
2009.6.1 (Mon)
▽アキフ・ピリンチ『猫たちの聖夜』(1989)

★★★★
Felidae / Akif Pirincci
池田香代子 訳 / ハヤカワ文庫 / 1997.11
ISBN 978-4150408565 【Amazon】
飼い主と共に引っ越してきた雄猫のフランシス。街では、発情中の猫が連続して殺される悲惨な事件が起きていた。フランシスが探偵役を務める。
悪とは、無限に分裂しつづける細胞のようなもの。ひとたび生まれたら、悪が悪を生みつづけるのだ。それが宇宙の量子力学というものだ。
「悪の連鎖」という今日的なテーマ(*1)を、猫ミステリの枠組みで語った意欲作。人間の業を捉えた迫力の寓話だった。ハードボイルド風の機知に富んだ語り口で、卑しき街に潜む悪に切り込んでいる。
この小説の一番の特徴は、猫が人語を解したりパソコンを操作したり、リアリズムの領域を軽々と越えているところだ。人間を「缶切り野郎」(エサの缶を開ける存在)として適当にあしらいながら、猫同士のコミュニティで高度な生活を営んでいる。彼らときたら性欲は旺盛、縄張り意識を持っており、鼠を見たら狩らずにはいられない。理性と本能の入り混じった小世界が、諧謔味あふれる猫目線で描かれている。
ドイツでは何を語ってもナチスの影がつきまとってくるような気がする。科学と悪の不幸な結婚というか、悪には歯止めがかからないというか。ともあれ、本作はほのぼのとした表紙とは裏腹に、恐ろしくハードなストーリーが待ち受けている。その途方もない哀しみに読後は呆然としたのだった。これは後になってからじわじわくる。
2009.6.5 (Fri)
▲デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』(1992)

★★★
Jesus' Sun / Denis Johnson
柴田元幸 訳 / 白水社 / 2009.3
ISBN 978-4560090015 【Amazon】
短編集。「ヒッチハイク中の事故」、「二人の男」、「保釈中」、「ダンダン」、「仕事」、「緊張」、「ダーティ・ウェディング」、「もう一人の男」、「ハッピーアワー」、「シアトル総合病院の安定した手」、「ベヴァリー・ホーム」の11編。
奴の心には優しさがあったのだと言ったら、信じてもらえるだろうか? 奴の左手は右手が何をしているのか知らなかった。ただ単に、何か重要なつながりが焼き切れてしまっていたのだ。もし俺があんたの頭をぱっくり開けて脳味噌のあちこちにハンダゴテを当てることができたら、あんたのこともそういう人間に変えられるかもしれない。(p.60)
アメリカの自棄的な若者を題材にした青春小説。クスリに溺れ、強盗に手を染める──そんな底辺層のひりひりした生態を、意外性に満ちたシンプルな文章で綴っている。一編一編はパズルのピースといった様相で、特にはっきりした感想は浮かばない。けれども、随所に表現上の“飛躍”がちらばっていて、その外し方に奇妙なリアリティを感じる。
技巧としては、やはりマイペースな一人称が効いているのだろう。まるで筋道立った理解を拒むような語り口で、感傷とは無縁の乾いた世界を展開している。素朴なようでなかなかクセのある小説だった。
以下、各短編について。
「ヒッチハイク中の事故」"Car Crash While Hitchhiking"
ヒッチハイクした車が事故に遭う。
「二人の男」"Two Men"
ダンスパーティーの帰り。語り手の車に見知らぬ大男が乗っていた。彼は口が利けないらしい。仕方がないので家に送ってやることに。
「保釈中」"Out on Bail"
犯罪者たちと過ごした街の思い出。
「ダンダン」"Dundun"
阿片を貰いにダンダンの家に行く。ダンダンは友人を銃で撃って重体にしていた。
「仕事」"Work"
友人と廃屋に乗り付け、銅線をかっぱらう。
「緊張」"Emergency"
緊急治療室で働く語り手。ある日、目にナイフが刺さった男がやってくる。
「ダーティ・ウェディング」"Dirty Wedding"
妊娠させたガールフレンドの中絶手術に付き合う。術後は電車で乗り合わせた男を尾行する。
「もう一人の男」"The Other Man"
船で知り合った男と別れ、酒場で亭主持ちの女と知り合う。
「ハッピーアワー」"Happy Hour"
ベリーダンサーを探すために酒場を回る。
「シアトル総合病院の安定した手」"Steady Hands at Seattle General"
病院に担ぎ込まれた語り手が、同部屋の男と会話する。男は、「二人の妻に一度ずつ、合計三発撃たれて、四つ穴が開いた」とか。
「ベヴァリー・ホーム」"Beverly Home"
語り手が夫婦のファックを覗き見しようとする。
>>エクス・リブリス
2009.6.8 (Mon)
▲ドン・デリーロ『墜ちてゆく男』(2007)

★★★
Falling Man / Don DeLillo
上岡伸雄 訳 / 新潮社 / 2009.2
ISBN 978-4105418052 【Amazon】
9.11の同時多発テロ。崩壊するWTCから生還したキースは、現場から持ち出したスーツケースがきっかけで、黒人女と不倫関係になる。同時に、彼は別居中の家族のもとに帰り、生活を共にするようになる。間もなくして街にパフォーマンス・アーティストが登場、「墜ちる男」を演じて物議を醸す。
9.11って実は大した事件ではなかったのかもしれない。死者の数は日本の震災より少ないし、暴力の理不尽さで言ったら、交通事故や通り魔とさして変わらない。個人のレベルではありふれた「災厄」に過ぎず、原爆やホロコーストなどの「地獄」とは一線を画している。WTCが破壊された(それもアラブ人に)という象徴的事実ゆえに、「大きな物語」が借金のように膨らんだのではないか。大衆のヒステリックな反応とは裏腹に、歴史を背負うほどの貫禄を持ち得ないでいる……。
というのはまあ、現場を知らない人間の極論で、実際は世界を揺るがすほどの大事件なのだろう。テロという枠組みで言えば、死者の数は圧倒的に多い(WTCでは2602人)し、2つのビルが噴煙をあげる様子は、まるで“終わりの始まり”を告げるのろしといった風情である。アメリカは、傲慢な鼻っ柱をへし折られたってわけだ。
本作の持ち味は、この大規模テロを「大した事件ではない」と思わせるほど、「小さな物語」に特化しているところだ。個々の物語はどれもありふれており、その交換可能性に軽いショックをおぼえる。背景は特に同時多発テロである必要はない。火事だって竜巻だっていい。中途半端にアラブ人の視点を加えたのは、物語に固有性を持たせるためのアリバイ証明なのだろう。そういう意味で時代と斬り結ぶような凄味がなく、満を持したわりには物足りない内容だった。