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- 13 : 柴田元幸編『昨日のように遠い日』(2009)
- 18 : つげ義春『ねじ式/夜が掴む』
- 19 : アラン・ベネット『やんごとなき読者』(2007)
2009.6.13 (Sat)
▽柴田元幸編『昨日のように遠い日』(2009)

★★★★
柴田元幸・他 訳 / 文藝春秋 / 2009.3
ISBN 978-4163275208 【Amazon】
少年少女を題材にしたアンソロジー。バリー・ユアグロー「大洋」、アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「ホルボーン亭」、アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「灯台」、ダニイル・ハルムス「トルボチュキン教授」、ダニイル・ハルムス「アマデイ・ファラドン」、ダニイル・ハルムス「うそつき」、ダニイル・ハルムス「おとぎ話」、ダニイル・ハルムス「ある男の子に尋ねました」、スティーヴン・ミルハウザー「猫と鼠」、マリリン・マクラフリン「修道者」、レベッカ・ブラウン「パン」、アレクサンダル・ヘモン「島」、ウォルター・デ・ラ・メア「謎」の13編。
どうせやっつけ仕事だろうと高を括っていたら、意外や意外、上質のアンソロジーだった。「少年少女」という題材は、柴田元幸の資質にがっちりはまっているみたい。イメージとしては幻想的な色彩が強く、手を伸ばしても届かない淡い情景を映し出している。
以下、各短編について。
バリー・ユアグロー「大洋」 Barry Yourgrau"Ocean"
語り手の弟が大洋を発見する。家では父が暴君と化しており、弟を抑圧している。弟はある行動を起こすことになる。
のっけから凄いのがきた。無駄のない秀作といった感じで、けっこうなインパクトがある。海は広いな大きいな、っと。大洋をめぐる幻想的なヴィジョンが素晴らしい。★★★★。
アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「ホルボーン亭」 Arturo Vivante"The Holborn"
ローマからロンドンに逃げてきた一家が、レストランでささやかな贅沢をする。少年にとっては忘れがたい出来事だったが……。
ひとり異境に迷い込んだようなズレが良い。記憶っていうのはアイデンティティの元になるものだから、これが噛み合わないと不安になってしまう。★★★★。
アルトゥーロ・ヴィヴァンテ「灯台」 Arturo Vivante"The Lighthouse"
灯台守との思い出。1年後に再会を果たすが……。
「ホルボーン亭」とはまた違った角度から、記憶の食い違いを描いている。今回のポイントはずばり「時間」だ。成長中の少年にとっては、たった1年前の出来事でさえ、「昨日のように遠い日」になってしまう。儚いねえ。★★★★。
ダニイル・ハルムス「トルボチュキン教授」 Даниил Хармс"Профессор Трубочкин"
子供向け雑誌の編集部に小柄な人がやってくる。
まあ、よくある童話。一気にグレードが下がった。★★★。
ダニイル・ハルムス「アマデイ・ファラドン」 Даниил Хармс"Жил-был музыкант Амадей Фарадон"
子供向けのポエム。★★。
ダニイル・ハルムス「うそつき」 Даниил Хармс"Врун"
子供向けのポエム。★★。
ダニイル・ハルムス「おとぎ話」 Даниил Хармс"Сказка"
小さなレーナちゃんが、ヴァーニャのおとぎ話を先回りする。
普通の童話だけど、そこそこウィットがある。レーナちゃんの途方もない物語力が微笑ましい。★★★。
ダニイル・ハルムス「ある男の子に尋ねました」 Даниил Хармс"Одного малъчика слросили"
どうして肝油が飲めるのか尋ねる。
わずか1ページのショートショート。循環論法の可笑しみが感じられる。★★。
スティーヴン・ミルハウザー「猫と鼠」 Steven Millhauser"Cat 'n' Mouse"
猫と鼠の知恵比べ。猫は鼠を捕まえようと策略をこらすも、常に鼠が一枚上手をいく。
「トムとジェリー」式のおいかけっこ。アニメを模した動的な描写が面白かった。細部への拘りがミルハウザーらしい。さらに批評的な視座も備わっていて、鼠がいろいろと思索を繰り広げている。ラストのギミックは反則気味だけど、アニメっぽく奇麗にオチているのが良い。心の底から「面白い!」と言えるような小説だった。★★★★。
マリリン・マクラフリン「修道者」 Marilyn McLaughlin"The West-acolyte"
成長を拒否する少女が、おばあちゃんの家で暮らすようになる。
一夏の体験を経て、成長を受け入れるというわけ。普通に良い話である。★★★★。
レベッカ・ブラウン「パン」 Rebecca Brown"Bread"
カトリックの寄宿学校では、1人の少女がカリスマになっていた。クラスメートたちから畏怖されている彼女は、暗黙のうちに特権的な立場にいる。食事のときは上等のパンを受けとっていた。
女社会は怖えーなー。少女は特に何も要求してないのに、みんながあれこれ気を遣っている。しかも、少女は少女でその権力を自覚しているのだ。ときおり自分の意思を覗かせることで、己の価値観なり希望なりを周知させている。男の場合、ボス猿は威張り散らしてるから分かりやすいけれど、女の場合は表に出ないからたちが悪い。注意しないとうっかり虎の尾を踏んで、シカトされたり噂を流されたり大変な目に遭ってしまう。★★★★★。
アレクサンダル・ヘモン「島」 Aleksandar Hemon"Islands"
島に住む伯父さんが、少年に昔話をする。
断章形式。サラエボの不穏な政情を反映していて、なかなかダークな内容だった。辛い歴史が長く続いている。★★★★。
ウォルター・デ・ラ・メア「謎」 Walter de la Mare"The Riddle"
お祖母さんの家にやってきた7人の子供たち。ひとつ屋根の下で暮らすようになるも、子供たちは次々と消えていく。家には禁断のアイテムがあった。
そして誰もいなくなった。いや、お祖母さんはいるけれど……。
ともあれ、アンソロジーを締めるにふさわしい短編だった。★★★★。
2009.6.18 (Thu)
▲つげ義春『ねじ式/夜が掴む』

★★★
ちくま文庫 / 2008.10
ISBN 978-4480425416 【Amazon】
短編集。「ねじ式」、「ゲンセンカン主人」、「夢の散歩」、「アルバイト」、「雨の中の欲情」、「夜が掴む」、「コマツ岬の生活」、「外のふくらみ」、「必殺するめ固め」、「ヨシボーの犯罪」、「窓の手」、「夏の思いで」、「懐かしいひと」、「事件」、「退屈な部屋」、「日の戯れ」の16編。
つげ義春コレクション1。前半は、自分が見た夢を題材にしたシュールな作品群。後半は、漫画家とその妻を主人公にしたシリーズもの。夢想とエロスが分かちがたく結びついた作風はけっこうクセになる。
以下、各短編について。
「ねじ式」(1968)
メメクラゲに左腕を噛まれ、静脈を切断された男。彼が医者を捜すべく漁村を歩き回る。
うーむ、何て言っていいのやら。まるで妖怪通りのような不気味な雰囲気(さすが、水木しげるのアシスタント)で、うらぶれた風景をベースにした個々のパーツのミスマッチ感が面白い。こういうのっていわゆる「読解」は可能なんだろうか?
「ゲンセンカン主人」(1968)
場末の温泉街にやってきた男。駄菓子屋の婆さんの話によると、彼はとある宿の主人に似ているという。宿には物語があった。
ドッペルゲンガーもの。話としては意外とまっとうな範囲に収まっている。天狗のお面が怖い。
「夢の散歩」(1972)
自転車を押す男と、子供連れの主婦。男が主婦を強姦する。
ガシッ、ボカッ、スイーツ(笑)に匹敵するシュールな展開。どうせだったらこういう訳分からないのを読みたいよね。
「アルバイト」(1977)
工場をさぼってみんなでアルバイトにでかける。道中、意見が合わなくて1人だけ抜け出す。
やべー、ぜんぜん意味不明だよ。たとえるなら、1分前の自分と1分後の自分はまったくの別人、みたいな違和感。物語を成立させるための連続性が微妙に断ち切られている。
「雨の中の欲情」(1981)
激しい雷雨のなか、バスの停留所に2人の男女。落雷を避けるため、両者とも裸になる。その後は場所を移して組んずほぐれつ。
ケツのボリューム感がたまらないし、平泳ぎしながらの合体もオツなもの。大きな声では言えないけど、こういう性的ファンタジーはけっこう好きだったりする。
「夜が掴む」(1976)
同棲中の男女が喧嘩する。
作中に蔓延する孤独感・不安感が凄かった。手書きの細かいタッチが効いている。
極めつけは、夜が忍び込んでくるラスト2ページだろう。この絵だけでご飯3杯はいけそうである。
それにしても、コーラの瓶を突っ込むなんて酷いぜ。男の風上にも置けねえ。
「コマツ岬の生活」(1978)
がらんどうの部屋でテレビを見る男女。番組は、コマツ岬で蟹を捕る海女さんを映していた。それに触発された男が現地に行く。
テレビしか置いてない部屋にショックを受けつつ、ラストのシュールさに唖然・呆然。「ひゃッ ちめたい」って……。
「外のふくらみ」(1979)
“外”が膨らんできたので、家から出て外に避難する。
パステル調のファンタジックな絵が素晴らしい。人物はみな輪郭のみで、顔や服などディティールがないのだけど、これがまた良い味だしてるんだ。
「必殺するめ固め」(1979)
散歩中のカップルの前にふんどし一丁のハゲオヤジが登場、堂々と女を痴漢する。さらにオヤジは、止めに入った男に「必殺するめ固め」を食らわす。
強姦された相手と所帯を持つのって、わりと昭和の感覚だよね。
「ヨシボーの犯罪」(1979)
兄と2人暮らししているヨシボーが、雑誌のなかの水着美女をピンセットで摘んで食べる。その犯罪を隠蔽するため、あちこち奔走するのだった。
おいおい、随分ととりとめのない展開だなあ。オチでは無理矢理な幸福感が滴ってるし。
布団を乱雑に積み上げてはしご代わりにしてるのがすげー。絵に異様な迫力がある。何か全体的に病んでるよ。
以上の作品群は夢をそのまま漫画化しているようなので、ぜひフロイト先生に分析してもらいたい。
「窓の手」(1980)
気がつくと、会社の建物の窓から手が生えていた。その後、復員兵と思しき男がやってきて、ある物語を披露する。
これはこれで悪くないのだけど、直前までのシュールな作品群に比べると、ストーリーが勝ちすぎているのが気になる。やはり、夢は最強ということか。
「夏の思いで」(1972)
銭湯の帰り道。男の前を歩くミニスカートのお姉さん(人妻風)が、車に撥ねられて草むらに転倒した。駆け寄った男が、気絶したお姉さんのパンツのなかを探る。
ここからは若夫婦もの。小さな罪を犯した後のこの不安感はよく分かる。
「懐かしいひと」(1973)
夫婦で湯河原温泉に取材旅行する。そこで昔の女と再会するのだった。
「肉と女は腐りかけが一番」というけれど、まあそんな感じなのかな。
「事件」(1974)
畑に突っ込んだ車。運転手の男は外に出てこない。そうこうしているうちに人が集まってきて……。
小さな事件って何か浮き浮きするものがある。日常と交差する非日常みたいな。
裸になって火をつけるなんて思い切ったことするなー。若者の不安は誰にも届かないし、誰にも理解されない。彼が乗っている車は、内的世界の象徴なのだろう。かなり現代的な話だ。
「退屈な部屋」(1975)
妻に内緒で部屋を借り、そこでだらだらと時を過ごす。
この嫁さん、チャーミングだね。器がでかい。
「日の戯れ」(1980)
妻が競輪の車券売り場に就職した。
一見すると平和な日常だけど、実は危険な裂け目が隠れているような気がする。イラストを断る場面なんか危ういよ。
2009.6.19 (Fri)
▽アラン・ベネット『やんごとなき読者』(2007)

★★★★
The Uncommon Reader / Alan Bennett
市川恵里 訳 / 白水社 / 2009.3
ISBN 978-4560092255 【Amazon】
80歳になるエリザベス女王が、ひょんなことから読書の楽しみに目覚めた。公務がおろそかになるほどのめり込み、周囲を困惑させる。
本は暇つぶしなんかじゃないわ。別の人生、別の世界を知るためのものよ。(p.39)
現役の女王さま(←こう書くと何か怪しい)をネタにしたユーモア小説。王室周辺のドタバタをコミカルに描きつつ、読書の効用なり人生の本質なりを探っている。
本書を手に取るような人はそこそこの「読書家」だと思うけど、そういう人が読書の意義を語るのってちょっと恥ずかしかったりするよね。何を今更って感じでさ。本っていうのは読めば読むほど自意識が蓄積される。それが一定量を超えると、メタに立とうメタに立とうという不毛な位置取り競争にはしるようになる。ほら、乱読をウリにする書評子たちって、言ってることはただの自慢話じゃないですか。「俺は頭が良い」「あたしはセンスが良い」「自分以外はバカばかり」みたいな。鼻息あらく差異を強調し、プライドの維持に務めている。「過ぎたるは及ばざるがごとし」とはよく言ったもので、本の読み過ぎも体によくないんだな。脆弱を精神を知識で固めた結果、度しがたいスノッブと化してしまう。
ってなわけで、読書というのはとかく害悪の目立つ行為ではあるけれど、本作の女王さまはかなり健全に受容している。年寄りとは思えない謙虚な態度で書に臨み、周囲を困惑させるほどの成長を果たしている。本書が面白いのは、女王の成長が『人形の家』のノラのように劇的で、かつ俗世とずれているところだろう。我が国にもやんごとなき方(千代田プリズン在住)がいるけれど、とてもじゃないがこんな弄り方はできない。さすがイギリス文学、さすが開かれた王室である。