2009.7b / Pulp Literature

2009.7.13 (Mon)

橋本治『双調平家物語 4』(1999)

双調平家物語〈4〉栄花の巻(3)(105x160)

★★★
中央公論新社 / 1999.6
ISBN 978-4124901245 【Amazon

聖武天皇のもとで実権を握っていた長屋王が、藤原四兄弟の陰謀で自害することに。その後、四兄弟も疫病が原因で全滅する。孝謙天皇の即位。橘諸兄と藤原仲麻呂が権勢を争い、後者が優勢になる。立太子をめぐるいざこざ。諸兄の息子・奈良麻呂が、大伴古麻呂らと共に反乱を起こす。

権勢とは、人に狙われ、奪われるものである。これを一時に奪い取ろうとした者は、謀反人、逆賊、叛臣と譏られる。しかし、奸臣や権臣はそれをしない。奸臣、権臣とは、栄華の仕組を成り立たせるものがどこにあり、なにをどうすればその栄華の一部が我が懐に流れ込むかを知る者である。(p.179-80)

『双調平家物語 3』の続編。聖武天皇が母に太夫人の称号(通常は皇太夫人)を送ったのには理由があるとか、奈良麻呂の謀叛が皮肉な形で父に繋がっているとか、“権勢”を背景に、子から親への屈折した感情を描いている。権門の子には権門の子なりの悩みがあるということなのだろう。相変わらず橋本節は冴えていて、歴史上の出来事から対象の人間性をえぐり出している。

それにしても、『平家物語』はまだ始まらない。4巻目だというのに、物語は8世紀半ばを漂っている。祇園精舎の鐘の声はいつ聴けるのだろう? 諸行無常の響きはいつ味わえるのだろう? 最近は日本史の復習だと割り切って読んでいる。

>>『双調平家物語 5』へ

2009.7.15 (Wed)

泉谷閑示『「普通がいい」という病』(2006)

「普通がいい」という病(98x160)

★★★★
講談社現代新書 / 2006.10
ISBN 978-4061498624 【Amazon

精神科医による講義録。世間の常識や偏見を解きほぐし、自分らしく生きるための方策を説いている。全10講。

精神科医や心理学者という人種には、病的な偏見の持ち主が多いけれど(「深淵」を覗きすぎたからだろうか?)、この著者はびっくりするくらいまともだった。象牙の塔に籠もった専門バカでもなければ、売名に精を出す曲学阿世の徒でもない。今どき珍しい、世事に通じた人格者である。

専門家なのにフロイトを持ち出さないのがいい。常識に囚われず、リベラルな見地から「普通」という観念をほぐしている。文章は言葉を尽くした理知的なものなので、普段から抑圧を感じている人は、そのメカニズムを詳細に知ることができるだろう。精神科医とは思えない優れたバランス感覚に驚かされる。

2009.7.17 (Fri)

マルクス・アウレリウス・アントニヌス『自省録』(166?〜180?)

自省録(113x160)

★★★
神谷美恵子 訳 / 岩波文庫 / 2007.2
ISBN 978-4003361016 【Amazon

ローマ皇帝の著者が自分を律するために書いたメモ群。原題は「彼自身へ」。ストア派の哲学をベースに、断章形式で省察している。

さすが五賢帝の1人だけあって立派だ。地位の高さに傲らず、人生へのストイックな想念をぶつけている。天上人といえども、中身は普通の人間ということなのだろう。本書は歴史的人物の心根が垣間見えて興味深い。

倦怠もしなければ夢中になりもせずに友人を持ちつづけること。あらゆることにおいて自足することおよび快活さ。(I-6)

公益を目的とするのでないかぎり、他人に関する思いで君の余生を消耗してしまうな。なぜならばそうすることによって君は他の仕事をする機会を失うのだ。すなわち、だれそれはなにをしているだろう、とか、なぜとか、なにをして、なにを考え、なにを企んでいるかとか、こんなことがみな君を呆然とさせ、自己のうちなる指導理性を注意深く見守る妨げとなるのだ。(III-4)

隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているかを覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。[他人の腹黒さに眼を注ぐのは善き人にふさわしいことではない。]目標に向ってまっしぐらに走り、わき見するな。(IV-8)

ある人は他人に善事を施した場合、ともすればその恩を返してもらうつもりになりやすい。(V-6)

健全な眼は、なんでも見える物を見るべきであって、「私は緑色のものが見たい」などというべきではない。これは眼を病む者のいうことだ。(X-35)

素晴らしい。印刷して壁に貼っておきたいわ。

2009.7.18 (Sat)

堀江敏幸『回送電車』(2001)

回送電車(112x160)

★★★
中公文庫 / 2008.6
ISBN 978-4122049895 【Amazon

エッセイ集。1999年から2000年のものを収めている。

振り返ってみれば、村上春樹を筆頭にむこう十年の現代文学をさまざまな意味で活性化していく若手が台頭する直前に、野口冨士夫、島村利正、川崎長太郎、耕治人といった個性豊かな年長の書き手がにわかに息づいて魅力的な短篇を続々と発表するという、なにか真水と海水がまじりあって豊かな生態系がうまれる河口に似た時代で、これら独自の道を進んだ作家たちが晩年にむかえた繚乱たる活躍期のなかでも、八木義徳は際だって旺盛な筆力で文芸誌をにぎわしたひとりだった。

センスの良さで勝負するタイプのエッセイ。昭和の文物への愛着とか、仏文畑らしい舶来趣味とか、高等遊民的な感性を流麗な文章で綴っている。これはもう溜息が出るほど文章が上手い。言葉の地力もさることながら、ここぞというときの表現が実に言い得て妙なのである。著者は書評を書かせると天下一品だけど、本書でもその片鱗が窺える。

あと、スノッブじゃないところが好ましい。趣味の良さが落ち着いた人柄と見事に調和している。こういう人こそが本当の貴族なのだろう。世の中には、自分への箔づけのために文化を利用する輩が多すぎる。

>>『一階でも二階でもない夜』