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2009.8.1 (Sat)
▼E・E・カミングス『巨大な部屋』(1922)

★★
The Enormous Room / E.E. Cummings
飯田隆昭 訳 / 思潮社 / 1963.11
ISBN 978-1426430183 【Amazon】(英語)
1917年のフランス。アメリカ赤十字の志願兵カミングスが、友人の巻き添えを食って収容所に入れられた。そこで半年間、癖のある囚人たちと暮らすことになる。
馬鹿にされるということは、他の面では完全に無視された人間にとっては、特異性の証拠となったのであり、喜ぶべき何かであり、誇るべき何かなのだったのである。巨大な部屋の住人たちはシュープリイスに悲惨(ミゼール)という劇の中で、脇役だが重要な役を与えていたのだ。(p.245)
タイトルの「巨大な部屋」とは、主人公が収容された大部屋のこと。本作はカミングスの自伝的小説のようで、監獄での喜劇めいた騒動をゆるやかなアイロニーで料理している。
内容はかなり微妙だ。カフカとドストエフスキーを足して、大量の水で薄めたような感じなのである。いくらでも面白くなりそうな題材なのに、あまり面白くなっていない。似たような趣向の小説に『キャッチ=22』があるけれど、両者は横綱と十両くらいの開きがある。
2009.8.2 (Sun)
▽片岡義男『波乗りの島』(1979)

★★★★
双葉文庫 / 1998.10
ISBN 978-4575506631 【Amazon】
連作短編集。「白い波の荒野へ」、「アロハ・オエ」、「アイランド・スタイル」、「シュガー・トレイン」、「ベイル・アウト」の5編。
一直線にのびている峰の長さいっぱいにわたって、ふたりのサーファーは、それぞれの白い航跡を、思いっきり刻みつけた。おなじものをもう一度作れと言われても絶対に作ることの出来ない、一瞬に生きて一瞬に消えていく航跡だ。(p.190)
ハワイでのスローライフを真空パックにしたような小説。島に住む若者たちは、退屈な人生からドロップアウトし、波乗りを中心にした自由な生活を送っている。開発によって原風景は失われてきているものの、まだまだゆったりした環境は健在。楽園を思わせる止まった時間のなか、映画を撮影したり、楽器でセッションしたりしている。
これはもう透明度の高い典雅な文章が素晴らしい。村上春樹から比喩とアフォリズムを削ったような、シンプルでプレーンな文体になっている。とりわけ凄いのが、海を主軸にした風景描写だ。一つ一つのフレーズが砂金のように吟味されていて、描写全体が澄み切った結晶と化している。この文章はなかなか衝撃的だった。
以下、各短編について。
「白い波の荒野へ」(1974)
前代未聞の大波に挑戦する2人のサーファー。その様子を16ミリフィルムに収め、仲間内で上映会を開く。部屋は異様な興奮に包まれていた。
「アロハ・オエ」
ニシモト・カントリー・ストアが取り壊しになり、それを追悼した歌が披露される。島には映画監督が滞在しており、ヘリを使った大掛かりな撮影が行われる。その最中、サーファーが雷に打たれて死亡する。
「アイランド・スタイル」
いつも通り波乗りをしていると、海底から奇怪な音が聞こえてきた。不吉な予感をおぼえる語り手。一方、島ではハワイ音楽のレコーディングが進んでいた。
「シュガー・トレイン」
発電所関係のいざこざによって、島に古い蒸気機関車が甦る。すると、半世紀近く記憶喪失だった女性に異変が。突然、彼女の記憶が戻るのだった。
「ベイル・アウト」
フィルムに映った凄腕のサーファーを捜す。情報によると、彼は理想的な波に乗るべく、南太平洋に位置する無人の環礁に移り住んだらしい。しかし、そこは嵐になると水没してしまう危険地域だった。
2009.8.3 (Mon)
◆『シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.3』(1984/英)

★★★★
The Adventure of Sherlock Holmes
ジェレミー・ブレット / デビッド・バーク / ノーマン・ジョーンズ / ジェレミー・ケンプ
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(24枚組) 【Amazon】
「まがった男」、「まだらの紐」の2編。
Vol.2の続き。
第5話「まがった男」"The Crooked Man"
屋敷の一室で、大佐が頭から血を流して死亡。側には気を失った夫人が倒れていた。使用人の証言によると、凶行の直前まで2人は口論していたという。現場には第三者がいた形跡があった。
第三者とは片輪男のことで、事件の裏には秘められた過去があった。40年前のインドを舞台に、3人の男女が悲劇を演じている。
毎度のことではあるけれど、ホームズはキビキビしていて良いね。次にどういうアクションをするのか予測しづらい。とつぜん立ちあがって調度品を眺めたり、有無を言わせぬ口調で質問したり、どこか常人離れしている。あと、話を聞いているときの表情もツボだ。やりきれない悲劇を前にしても動揺しない。目に真剣さをたたえながら、理性的な態度で受け止めている。
第6話「まだらの紐」"The Speckled Band"
結婚間近の姉が、ベッドの上で不可解な死を遂げた。彼女は夜な夜な口笛の音を聞き、今際の際には「まだらの紐」と言い残している。そして今度は妹が、死んだ姉の部屋で寝ることになった。ホームズに調査を依頼する妹。背後では、義父が怪しい動きをしていた。
いやー、眼福だった。この回のホームズは、虫眼鏡をかざしながらあちこち調べ回っていて、ベッドの下にかがみ込んだり、窓のヘリを観察したり、探偵の身振りが様になっている。そして、服装も素晴らしい。灰色のコートに同色の鹿打ち帽。これぞ名探偵! って感じだった。
そういえば、このエピソードではホームズが「殺人」をするのだった(間接的に)。危険を見越してか、現場に踏み込む前には珍しく緊張を露わにしている。この回はわりと驚いた表情をしていた。
>>Vol.4へ
2009.8.4 (Tue)
◆『シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.4』(1984,5/英)

★★★★
The Adventure of Sherlock Holmes, The Adventures of Sherlock Holmes
ジェレミー・ブレット / デビッド・バーク / ケン・キャンベル / ナターシャ・リチャードソン
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(24枚組) 【Amazon】
「青い紅玉」、「ぶなの木屋敷の怪」の2編。
Vol.3の続き。
第7話「青い紅玉」"The Blue Carbuncle"
クリスマス。知人が拾ってきたガチョウの腹から、青いざくろ石が出てきた。その石は盗品で、高額の懸賞がかけられている。興味を持ったホームズは、古帽子を手掛かりに犯人に迫っていく。
帽子とガチョウから持ち主の人物像を推理し、段々と事件を手繰っていく筋立てが良かった。この回のホームズはやる気満々で、ちょっとした躁状態になっている。「最高にハイ!」ってやつだ。
寝間着姿のホームズはあまりオーラが出てないような……。普通のかっこいいおっさんって感じ。やっぱ髪の毛は後ろに撫でつけてないとね。
第8話「ぶなの木屋敷の怪」"The Copper Beeches"
屋敷で住み込みの家庭教師になった女性が、主人から奇妙な要求を受ける。髪の毛を切らされたり、青いドレスを着せられたり、塔への立ち入りを禁じられたり。また、敷地の外から不審者が覗いていた。
ホームズがワトスンの伝記にダメ出しする回。郊外の猟奇事件を扱ったアクション性の高いストーリーで、ワトスンの拳銃が火を噴いている(それも3発!)。手に汗握るサスペンスだった。
ホームズの挙動でもっとも印象的なのが、依頼人を部屋の外へ誘導する仕草だ。話を聞き終えた途端に礼儀正しくドアを開け、「もう用済みだよ」とばかりに退室を促している。この慇懃無礼な態度がホームズらしい。京都人が客にぶぶ漬けを出す(*1)ように、己の意志をきっぱり見せつけている。
>>Vol.5へ
2009.8.10 (Mon)
▲山田風太郎『姦の忍法帖』

★★★
ちくま文庫 / 2004.7
ISBN 978-4480039552 【Amazon】
忍法帖短篇全集の5巻目。「姦の忍法帖」、「胎の忍法帖」、「笊の忍法帖」、「転の忍法帖」、「牢の忍法帖」、「〆の忍法帖」、「絵物語 忍者向坂甚内」の7編。
『くノ一死ににゆく』の続き。
以下、各短編について。
「姦の忍法帖」(1967)
由比正雪の計らいで、伊賀組・甲賀組を使った武具の御前試合(トーナメント戦)が行われる。対戦の組み合わせは、性の秘術を極めた忍者とくノ一。彼らは決戦前に交合し、相手を消耗させてから勝負に臨むのだった。
いかにして相手の精を奪い、自分の精を温存するか。何かもうすごく馬鹿馬鹿しい状況なのに、忍者たちはみな命をかけて交わっている。負けたら自害するんだからたまらないよなー。由比正雪がげんなりするのも分かる。奴らはクレイジーだ。
難点は、内容のわりに長いところかな。トーナメントはかったるいし、オチにもキレがない。苦心して中編に仕立てたような話だった。★★。
「胎の忍法帖」(1967)
忍者を生業とする能登の輪島一族。織田軍の侵攻により、跡継ぎを孕んだ女が磔にされた。見せしめのため、出産直後に赤ん坊を殺すという。3人の能登忍者が、女と胎児の救出に向かう。
生命の神秘を感じる一編。「ジョジョ」に出てきたセト神(アレッシー)も強烈だったけど、それに負けないくらいのインパクトがある。何しろ若返りってレベルじゃないし……。クライマックスでは、この世のものとは思えない光景が出現している。★★★。
「笊の忍法帖」(1968)
これまで397人の女と交わってきたイケメン忍者。その彼が精汁増量の秘術を学ぶべく、伯父の試練を受けることになる。試練には裏があった。
女嫌いにさせようという目論見。「屋根裏の散歩者」が女子の部屋を覗いたら幻滅すると思う。それも憧れの女子だったら尚更。こういうのって、可愛ければ可愛いほどギャップがすごいらしいから。★★★。
「転の忍法帖」(1968)
出奔した忍者が、己の忍法を活かした「性形外科」を始める。当初は男根の交換のみだったが、事態はエスカレートして……。
隠居は頭をたたき、腰をふった。蕭条たる枯野にすっくと立った一本の若木を見るような眺めであった。(p.159)
バイアグラってレベルじゃねーぞ。ご隠居が若い衆の男根を装着して復活! みたいになっている。やはり歳とったらポコチンの老化が気になるんだろうか。今後は科学の発展によって、男根移植への期待が膨らむかもしれない。★★★。
「牢の忍法帖」
おんな牢の女囚たちがキリシタンに染まった。原因は2人の姉妹。事態に腹を立てた奉行は、姉妹の処刑を決意する。しかしその前に、伊賀忍者を使って2人に棄教させようとするのだった。
2人の忍者が刀と鞭で神業を披露している。ふと思ったけど、伊賀と甲賀が組んだら幕府なんて容易に覆るだろう。戦闘力が段違いだ。★★★。
「〆の忍法帖」(1967)
2人のくノ一を使って忍棒の修行をする男。その彼が、切腹の決まった主君の精液を、故郷にいる愛妾のもとに届けることになった。方法は、己の魔羅に液を溜めこむ忍法「馬吸無(ばきゅうむ)」。輸送中は小便と射精ができないうえ、追っ手の忍者が妨害してくる。
「くノ一死ににゆく」の男版みたいな話。大まかな筋は似ているけれど、こちらのほうがユーモラスで面白かった。他人の精液を自分の男根に詰めるというグロテスクな状況もさることながら、うっかり漏らさないための制約が可笑しい。くノ一の色気で噴出寸前の忍棒を、必死に叱って調伏するなんて間抜けにも程がある! 収録作のなかではこれがベストだった。
人間の射精現象は、輪精官壁の筋肉、つぎに尿道の筋肉及び球海綿体筋、坐骨海綿体筋という順序で、該部の諸筋肉が収縮してゆくことによって起るのだが、彼の場合はこれが逆の順序で収縮するのであろう。しかも強烈な筋肉運動により、最初には一種の真空を作って吸引を開始するのであろう。(p.259)
人間離れした忍法を科学的に説明しているのが良い。さすが医師免許保持者だけあって、人体のメカニズムに精通している。★★★★。
「絵物語 忍者向坂甚内」(1969)
同名の小説を絵物語風に取り込んだ漫画。矢野徳という人が絵を描いている。
>>『くノ一忍法勝負』へ