2009.8c / Pulp Literature

2009.8.29 (Sat)

P・G・ウッドハウス『ブランディングズ城は荒れ模様』(1933)

ブランディングズ城は荒れ模様(111x160)

★★★
Heavy Weather / Pelham Grenville Wodehouse
森村たまき 訳 / 国書刊行会 / 2009.2
ISBN 978-4336049520 【Amazon

ロニーとスーの結婚は、ロニーの母であるレディー・ジュリアに反対され、おまけに2人の仲もこじれてしまう。城内の関心はギャラハッド閣下の回想録に集中し、関係者たちが争奪戦を繰り広げる。一方、城の主であるエムズワース卿は、豚の安全に目を光らせていた。

『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』に続くウッドハウス・スペシャルの第3弾。『ブランディングズ城の夏の稲妻』の続編で、前作から10日後を描いている。

「チキショー!」ティルベリー卿が言った。精神的ストレスの際に彼が常用する絶叫である。
彼は椅子から立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりしはじめた。短躯、角ばって太く、およそ十一キロは体重過多である彼の風貌はつねにナポレオン的であった。しかし、このときの彼はセント・ヘレナ島で朝の散歩をするナポレオンのように見えた。(p.7)

内容は標準的かな。前作同様、三人称の俯瞰的な視点で、物事の錯綜ぶりを舞台のように提示している。この世界には、ジーヴスのような超越者は存在しない。もつれた糸は各人の行動によって勝手にほぐれるようになっている。どちらかというと、プロットの妙よりも漫才のような掛け合いを楽しむタイプだろう。毎度のことながら比喩や描写が弾けている。

ちなみに、一番好きな表現はこれ。

エムズワース卿は舞い立つキジのごとく立ち上がった。(p.399)

偏愛している豚が連れ去られたと聞いたときの反応。日ごろ鈍重なだけに、この機敏な動きはインパクトがある。「舞い立つキジ」というトボけ比喩が絶妙だ。

恐るべき女性陣に唯一対抗しているギャラハッド閣下が頼もしい。基本的に頭は良いし、若者への良き理解者でもある。放蕩者だったがゆえに粋な性格をしているのだ。ジーヴスものにはいないタイプなので新鮮だった。2作目にしてやっとキャラの魅力が分かってきたかも。

>>Author - P・G・ウッドハウス

2009.8.31 (Mon)

柴田元幸編『いずれは死ぬ身』(2009)

いずれは死ぬ身(109x160)

★★★
柴田元幸 訳 / 河出書房新社 / 2009.6
ISBN 978-4309205212 【Amazon

アンソロジー。スチュアート・ダイベック「ペーパー・ランタン」、ウィリアム・バロウズ「ジャンキーのクリスマス」、ジェーン・ガーダム「青いケシ」、ブリース・D'J・パンケーク「冬のはじまる日」、トム・ジョーンズ「スリ」、ケン・スミス「イモ掘りの日々」、クレア・ボイラン「盗んだ子供」、シコーリャック「みんなの友だちグレゴール・ブラウン」、トバイアス・ウルフ「いずれは死ぬ身」、ウィリアム・トレヴァー「遠い過去」、エレン・カリー「強盗に遭った」、ポール・オースター「ブラックアウツ」、メルヴィン・ジュールズ・ビュキート「同郷人会」、ベン・カッチャー「Cheap Novelties」、アルフ・マクロフラン「自転車スワッピング」、リック・バス「準備、ほぼ完了」、アンドルー・ショーン・グリア「フリン家の未来」の17編。

『夜の姉妹団』【Amazon】の続き。全体的な傾向としては、かっちりしたリアリズムではなく、捕らえどころのない淡い感触のものが多い。「いずれは死ぬ身」という終末的な予感が霧のように漂っている。

以下、各短編について。

スチュアート・ダイベック「ペーパー・ランタン」(1995)"Paper Lantern"

ビルの屋上の研究所で、タイムマシンを作っている語り手たち。彼らが中華料理店から帰ってくると、ビルは火事になっていた。その出来事が、女との思い出に接続する。

炎を媒介にした過去と現在。脈絡のない話のようでいて、最後は静かに照応させている。タイムマシンと赤提灯が併存する世界が奇妙だ。

成熟を拒否した「僕」語りには違和感あるかも。しかも作っているのがタイムマシンだから、余計に子供っぽい印象がつきとまう。もういい歳こいたおっさんは「僕」とか使っちゃ駄目だよ。★★★。

ウィリアム・バロウズ「ジャンキーのクリスマス」(1989)"The Junky's Christmas"

クリスマス。留置場から釈放されたダニーは、ヤクが切れたうえに一文無しだった。彼は放置されていたスーツケースを売って金を作り、念願の薬を手に入れる。ところが……。

拾ったスーツケースのなかに人間の脚が入ってるとかすげーなー。普通の小説だったら一大事なのに、そこを華麗にスルーしているのもすごい。徹底して薬が中心になっている。

ラストはジャンキーらしい奇跡。砂漠の民にマナが降り注いだように、ジャンキーにも相応の物が与えられる。十字架で鼻をほじるようなアイロニーだ。★★★★。

ジェーン・ガーダム「青いケシ」(1994)"Blue Poppies"

娘が91歳の母をクリアに連れて行く。そこには青いケシがあった。受付をしている公爵夫人が母を看取ることになる。

いわゆる老老介護ってやつ。母はそんなに呆けておらず、むしろ娘の方が鈍くさかったりする。そして、2人はあまり噛み合っていない。最後はそこを逆手にとった抜群のオチを見せている。★★★★。

ブリース・D'J・パンケーク「冬のはじまる日」(1977-9,81-3)"First Day of Winter"

年老いた両親と荒れた農地に縛られているホリス。彼は両親を兄のいる牧師館に預けたかったが……。

専業農家の悲劇だ。誰かが貧乏くじを引かなければならない。いまどき農業なんて補助金がないと誰もやらないと思う。★★★。

トム・ジョーンズ「スリ」(1995)"Pickpocket"

糖尿病が原因で足を切断した男。67歳の彼はスリを生業としていた。

饒舌で野卑な一人称。ミクロな生き物に注目するところはジャンキーっぽい。でも、ジャンキーではないんだな。そして、エネルギッシュな語りはとても老人のものとは思えない。不思議な感触だった。

実は最初に著者名を見たとき、ヘンリー・フィールディング【Amazon】からの連想で、18世紀くらいの作家だと思っていた。柴田元幸にしては古めのチョイスだなあ、と。それが著作権表記を見てびっくり。何と現代の作家だった。けっこうな「アハ体験」(死語)である。★★★。

ケン・スミス「イモ掘りの日々」(1987)"Casual Labour"

イモ掘りについての断章。

「全体主義ポテト」とか「ジャガイモ主義」とか出てくる。トールテールっぽいノリだけど、どこが面白いんだかさっぱり……。★★。

クレア・ボイラン「盗んだ子供」(1994)"The Stolen Child"

シングルの女が他人の赤ん坊を盗む。

勘違い女の饒舌な一人称。手前勝手な理屈で赤ん坊を略取し、育児のつらさに音を上げている。歪みきった思考を丹念に追っていて楽しい。でも、たくさん出てくる比喩がどれも凡庸なんだよね。ウッドハウスを読んだ後だと拷問のように感じる。★★。

シコーリャック「みんなの友だちグレゴール・ブラウン」(1990)"Good Ol' Gregor Brown"

フランツ・カフカ『変身』【Amazon】のパロディ。目が覚めたら虫になっていた。

見開き2ページの漫画。いかにもアメコミって感じだった。★★★。

トバイアス・ウルフ「いずれは死ぬ身」(1993)"Mortals"

「僕」が勤める編集部に夫婦がやってくる。どうやら間違って夫の死亡記事を書いてしまったらしい。これを機に「僕」のいい加減な仕事ぶりが暴露され、その場で新聞社を解雇される。「僕」は被害者である夫に昼飯を奢ってもらい……。

「僕」がいきなり立ち入った質問をしていてびっくりした。初対面なのに一気に間合いをつめている。2人のやりとりは不条理劇のよう。夫は余計なことを言わなければ何事もなく終わったのに、まんまと付け入る隙を与えている。口は災いの元だ。★★★。

ウィリアム・トレヴァー「遠い過去」(1975)"The Distant"

アイルランド。ミドルトン兄妹はイギリス贔屓だったものの、孤立せずに近所づきあいをしている。半世紀前に革命が起きたときは、住民たちと敵・味方に別れていた。政情はまた不安定になり、兄妹に対する周囲の態度も変わっていく。

50年にも渡る交流が、暫定的な平和に過ぎなかったというのが悲しい。マイノリティへの寛容はかくも容易に覆る。『MASTERキートン』【Amazon】にありそうなエピソードだ。

それにしても、本作だけ浮いているのは気のせいだろうか。そこらの短編とは明らかに格が違っている。★★★★。

エレン・カリー「強盗に遭った」(1994)"Robbed"

リオダン夫人の宝石店に強盗がやってくる。常連客のジャネットと共に対峙することになるが……。

ハロルド・ピンターの戯曲みたいで面白かった。日常の理が崩れ、“本音”に基づいた新たな関係が構築されている。終わってからの豹変ぶりもグッド。★★★★。

ポール・オースター「ブラックアウツ」(1995)"Blackouts"

戯曲。ブラックがブルーを尋問する。その様子をグリーンが筆記する。

『幽霊たち』の原形。登場人物は仮名という設定らしく、一度だけするっと本名が飛び出している。それを聞き咎めて激高しているブラックが可笑しい。★★★。

メルヴィン・ジュールズ・ビュキート「同郷人会」(1995)"Landsmanshaft"

ユダヤ系移民のコミュニティ。ビンカスが旧友であるアレグザンダーの葬儀に参加する。2人は30年前から絶交していた。ビンカスは墓の前で踊ることになっていたが……。

人々が交わす容赦のないアイロニーがすごかった。ユダヤ人くらい困難な目に遭うと、雑草魂が鍛えられるのだろう。これにはイギリス人もびっくりである。

共同体が世代を越えて続かないのはどの国も一緒みたい。ただの軽口を「呪い」と断じられるのも嫌だしね。こうして旧世代は滅んでいく。★★★。

ベン・カッチャー「Cheap Novelties」(1989.90-1)"Cheap Novelties"

No.029 地下鉄の風景。No.057 輪ゴム売りの風景。

これはポエムの類だろうか。ナレーションに合わせて絵を並べている。★★★。

アルフ・マクロフラン「自転車スワッピング」(1996)"Swopping Bikes"

語り手は少年時代、「自転車スワッピング」という曲芸に失敗し、頭を打って一時的に記憶を失っていた。そのときの相棒は現在、末期ガンで余命幾ばくもない日々を過ごしている。語り手は相棒を見舞い、失われた記憶についての発言を期待する。

消え去った過去に執着する語り手と、残された未来に思いを馳せる相棒。後者のポジティブぶりが、宇宙のように膨張していく様が圧巻だった。★★★。

リック・バス「準備、ほぼ完了」(1988)"Ready, Almost Ready"

94歳にして大物バスを釣り上げる老人。彼はカヌーで毎日釣りをしていた。それを新聞のコラム書きが観察する。

サンチャゴ(『老人と海』)に匹敵する釣りキチヒーローの誕生だ! と思いきや、それを見ているコラム書きのほうがやばかった。★★★。

アンドルー・ショーン・グリア「フリン家の未来」(1997)"The Future of the Flynns"

フリン家の人々がイタリアン・レストランで食事する。

家族の肖像を描いた短編だけど、とりわけ双子の兄弟(4歳)の奇妙な生態に惹きつけられる。2人にしか通じない言葉で喋ったり、シャツで色分けされていたり、性格に陰影がついていたり……。これでもかと双子を満喫している。★★★。