Page Topics
- 11 : つげ義春『四つの犯罪/七つの墓場』
- 14 : シドニー・ルメット『オリエント急行殺人事件』(1974/英)
- 15 : つげ義春『腹話術師/ねずみ』
- 16 : ポール・オースター『ガラスの街』(1985)
- 18 : ガブリエル・ガルシア=マルケス『生きて、語り伝える』(2002)
2009.11.11 (Wed)
▲つげ義春『四つの犯罪/七つの墓場』

★★★
ちくま文庫 / 2009.4
ISBN 978-4480425478 【Amazon】
短編集。「四つの犯罪」、「生きていた幽霊」、「罪と罰」、「奇人」、「七つの墓場」、「おばけ煙突」、「ある一夜」、「うぐいすの鳴く夜」、「クロ」、「鉄路」、「四人の素人」の11編。
つげ義春コレクション7。初期の少年漫画を収録している。
どれも平板な絵柄で意外だった。大人向けの細密画からは想像もつかないくらいシンプルになっている。なるほど、最初はこういうオーソドックスな漫画で生計を立ててたのね。「商業主義」も「文学」もいけるという能力の高さが窺える。
以下、各短編について。
「四つの犯罪」(1957)
温泉宿に集まった4人がそれぞれ物語をする。(1)「悪人志願」、(2)「覗き見奇談」、(3)「運地君の不思議な犯罪」、(4)「首」。
4つの話を1つのフィールドで繋げる構成の面白さ。ミステリとしてもそれなりで、ちゃんとトリックが使われている。
「生きていた幽霊」(1956)
瀕死ながらも意識がしっかりしている入院患者。その病院では夜な夜な血液が盗まれていた。
これもまあ普通。ミステリ仕立ての幽霊譚だった。
「罪と罰」(1956)
強欲な金貸しの下で働く少年が、あるトリックを使って金貸しを毒殺する。完全犯罪なるかと思いきや……。
因果応報の物語。切手を舐めずに封筒を舐めるところは、頭かくして尻かくさずといったところだ。
「奇人」(1956)
家賃を滞納している探偵小説家が、向い側に住む不気味な老人を殺して金をゲットしようとする。
うーん、何というちゃぶ台返し。ハッピーエンドには違いないけれど、考えたらずいぶん滅茶苦茶だよなあ。そもそも殺すつもりで刺したんだから、あんな清々しい顔なんてできないだろうに。普通はもっと気まずいはずだ。いいのか、これで?
「七つの墓場」(1957)
漫画家が訪れた温泉宿。付近では自殺が相次いでいた。また、墓場では何者かが死体を掘り返している。
倒錯した動機を扱ったミステリ。著者は江戸川乱歩の影響下にあったようで、一連のミステリは確かにそんな感じである。こういう異常心理は田舎にぴったりだね。
「おばけ煙突」(1958)
東京のはずれに立つ4本の煙突。そのうちの1本は呪われていた。建築の過程で9人の工夫が死亡し、完成してからは3人の掃除人が転落死している。オヤジが掃除に挑むが……。
この短編から暗い色調の話が続く。
やっぱ陰影あるほうがいいなあ。オヤジがおばけ煙突に挑むのは、名誉のためではなく生活のためだ。家では嫁が内職をしながら帰りを待っている。金があったらこんな危険を冒す必要はないわけで、胃の腑にきゅっとくる苦みがたまらない。
「ある一夜」(1958)
貧乏少年が行き倒れの男を発見する。男は多額の現金を持っていた。それを着服しつつ、男を自分の部屋に連れて行く。
少年の心の揺れを無言のコマで捉えている。これぞハードボイルドだ。
「うぐいすの鳴く夜」(1959)
宿に怪しい男がやってくる。彼は新聞に載っている銀行強盗に似ていた。さらにもう1人怪しい男がやってきて……。
意外と凝ったミステリだった。印象的なトリックがあるし、ちょっとしたアイロニーもある。日本家屋はミステリにぴったりだね。
「クロ」(1959)
オヤジの黒猫が大嫌いな息子。オヤジが死んだ際、黒猫も一緒に埋葬したはずだったが……。
おいおい、いくら猫が嫌いだからって散弾銃で撃つことはないだろう。キチガイに刃物じゃねーか。これだから田舎は怖すぎる。
「鉄路」(1959)
因縁の鉄道自殺。
昭和らしい悲恋もの。版画や切り絵を彷彿とさせるざっくりした絵になっている。
相手を恨んでの飛び込み自殺ってすごい嫌がらせだよなあ……。
「四人の素人」(1960)
4人の犯罪素人が現金輸送車を襲う。
少年向けにしてはなかなか読み応えのあるノワールだった。登場人物には暗い影がある(脈絡もなくトカゲを殺している)し、展開もツボを押さえている。こういうのって仲間を減らしていくのが良いんだよね。アクシデントの作り方が絶妙だった。
2009.11.14 (Sat)
◆シドニー・ルメット『オリエント急行殺人事件』(1974/英)

★★★
Murder on the Orient Express
アルバート・フィニー / イングリッド・バーグマン / ローレン・バコール / リチャード・ウィドマーク / ショーン・コネリー / アンソニー・パーキンス / ジャクリーン・ビセット / ヴァネッサ・レッドグレイヴ / マーティン・バルサム / ジャン・ピエール・カッセル / ジョン・ギールグッド / ウェンディ・ヒラー / レイチェル・ロバーツ / マイケル・ヨーク / コリン・ブレイクリー / ジョージ・クールリス / デニス・クイリー / ヴァーノン・ドブチェフ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 【Amazon】
個性的な乗客が集うオリエント急行の寝台車両。その一室で、アメリカ人実業家(リチャード・ウィドマーク)が何者かに殺された。名探偵ポワロ(アルバート・フィニー)が調査すると、被害者はアメリカで起きた誘拐事件の首謀者であり、一部の乗客もその事件と関わりがあったことが判明する。
ホームズものとの大きな違いは、映像から溢れるコスモポリタンな雰囲気だろう。駅の構内ではアラブ人が盛んに押し売りし、一方で着物をまとった東洋の女衆(日本人?)が彩りを加えている。寝台車の乗客も、ベルギー人のポワロを筆頭に、スウェーデン人の伝道者・アメリカ人の富豪・ロシア人の貴族など、バラエティに富んだ顔ぶれ。国際色豊かがゆえにみな得体が知れないわけで、ミステリの環境としては理想的なものになっている。
ポワロが全然ポワロっぽくなかった。就寝時に髭用のマスクをつけているところはポイント高いのだけど、風貌と声質がまったくの規格外で、躁病の喪黒福造というか、だみ声のアドルフ・ヒトラーというか、とにかく「押し」が強い。フロスト警部の実写版と言われても違和感ないくらいのワイルドさだった。ポワロ(・Ω・)というよりはポワロ(偽)という感じだ。
大佐役のショーン・コネリーが格好いい。『ゴールドフィンガー』から10年しか経ってないのに、頭部の砂漠化が致命的なまでに進んでいる。しかし、「禿げてますます盛ん」とは彼のためにあるのだろう。その佇まいには干し柿のような貫禄がある。こういうのを見るたびに思うのだけど、やっぱ男のかつらは駄目だね。潔さがなくて見苦しい。禿げなんて生理現象のひとつ(ほとんどは遺伝で決まる)なのだから、開き直って自然なスタイルを追求すればいいのに。日本の若大将はショーン・コネリーを見習うべきだ。
ジョン・ギールグッド演じる執事(紳士付き紳士)が素晴らしい。物腰は慇懃で表情はポーカーフェイス、言動は常に抑制されており、決して腹の底を見せない。しかも若い頃はやんちゃだったようで、顔の端々には人生の年輪が刻まれている。風格を漂わせた完璧な執事だった。やっぱメイドよりも執事だな。私も彼みたいな男に執事されたいよ。
2009.11.15 (Sun)
▲つげ義春『腹話術師/ねずみ』

★★★
ちくま文庫 / 2009.5
ISBN 978-4480425485 【Amazon】
短編集。「腹話術師」、「老人の背中」、「親分」、「一発」、「なぜ殺らなかった」、「見知らぬ人々」、「目には目を……」、「下町の唄」、「兄貴は芸術家」、「ねずみ」、「右舷の窓」、「行ったり来たり」の12編。
つげ義春コレクション8。前巻に続いて少年漫画を収録している。ミステリ・SF・少女ものなど、相変わらず幅が広い。
以下、各短編について。
「腹話術師」(1960)
サーカスの腹話術師が、人形を人間と混同するようになってきた。疲れが原因だとして上司から休養を勧められる。
漫画的叙述トリックもさることながら、終盤のさらっとした狂気が小気味いい。平然とした表情の腹話術師に対し、上司は驚きの念を隠せないでいる。ラスト2コマは最高の「引き」だ。
「老人の背中」(1960)
老人は若いころパリに留学し、同室の若者から背中に刺青を彫ってもらっていた。その若者は今では有名な画家になっている。画廊に集まった好事家によって、老人の背中に値段がつくが……。
つげ義春版「世にも奇妙な物語」。オープニングとエピローグに出てくる作者は、ドラマでいえばタモリみたいなものだろう。社会の暗部をほのめかすところがまたぞっとする(今日の臓器売買みたい)。
「親分」(1959)
酒場で喧嘩する2人のマフィア。親分の命令により、相手に銃口を向けたロシアンルーレットでケリをつけることになる。
親分の気まぐれによって1人が自滅、それに引きずられるようにして相手も死ぬという運命の皮肉。練習したほうはルール変更を拒なきゃ。
「一発」(1960)
ベテランの殺し屋がムショから帰ってきた。若い殺し屋が彼に挑む。
若いほうが腕は立つものの、ベテランはベテランで剣聖の境地にいる。トリックも含めてよくある話だった。
「なぜ殺らなかった」(1961)
安全運転を心がけるダンプの運転手。しかし、飛び出してきた子供を轢いてしまった。重傷を負わせたことを電話で雇い主に報告すると、相手は「なぜ殺さなかった」と怒鳴ってくる。
重傷だと後々まで金をむしられる。死んだほうが安くつくというのが雇い主の言い分である。また、被害者の両親も見舞金でテレビを買っていて、ことの重大性(子供は失明している)を分かっていない。この構図、まるで発展途上国みたいだ。
「見知らぬ人々」(1964)
サングラスの男が寝台列車に乗り込む。部屋にいくと、ベッドの上に見知らぬ女が座っていた。どうやら訳ありらしい。
角刈り・サングラス・無口──男はまるでデューク東郷(ゴルゴ13)みたい。著者にしてはずいぶん気取った話だった。叙述トリックがなかなか巧妙。
「目には目を……」(1965)
転校生が番長グループにリンチされて大怪我を負う。これは転校の挨拶とのことだった。転校生はことのあらましを誰にも言わず、病院を退院してくる。番長グループはその口の堅さを評価し、歓迎ムードで彼を待っていたが……。
今度は一転して、線のくっきりした学園ものになっている。ここまで絵柄を変えられるとはカメレオンみたいだなあ。一連の少年漫画を読んでると、本来の絵柄を忘れてしまう。
しかし、ストーリーは著者らしくハードだ。ラテン系を思わせる毅然とした展開になっている。
「下町の唄」(1965)
ノンコの兄・甚六が、家業の八百屋を手伝って金をゲット、エレキギターを買う。一方、ノンコには乱暴者の同級生・三吉がいて、彼は学校に顔を出していなかった。ノンコはひょんなことから三吉に遭遇する。
ノンコ&甚六シリーズ2。愛らしい絵柄の少女漫画である。家族のために身を粉にする三吉に対し、バカみたいに浮かれる甚六の小物っぷりがたまらない。著者はだめんずを描かせたら一級品である。
「兄貴は芸術家」(1966)
ノンコの兄・甚六が、漫画家に絵を褒められて舞い上がる。しかし、その褒め言葉は社交辞令だった。実はノンコのほうが絵が上手く……。
ノンコ&甚六シリーズ3。甚六の絵に描いたような軽薄さがたまらない。さらに小物っぷりも健在で、賢しらに嘘を暴いてきた妹に逆ギレ、暴力をふるっている。やはりだめんずを描かせたら一級品だ。
「ねずみ」(1965)
地球への帰途につく宇宙船。食糧庫に大量のねずみが発生していた。今のままでは食糧が足りないため、ねずみを飼育することにする。
ここから3編はSF。どれもダークな話のせいか、星新一を連想する。
本作はねずみの大群がシュールだった。
「右舷の窓」(1965)
宇宙船で2人の男が喧嘩、片方が相手を刺殺する。殺したほうは死体を宇宙空間に放出し、自身は駆けつけたクルーによって部屋に監禁される。窓を見ると、放り出した相手がこちらをのぞき込んでいた。
まあ普通。狂気を題材にするところが著者らしい。
「行ったり来たり」(1965)
2人の科学者がタイムマシンを完成させる。さっそく1時間後に飛ぶと、未来の2人は喧嘩をしていた。元の時間に帰ってきた2人は、喧嘩をしないよう約束する。ところが……。
タイムマシンものは1編あるとアクセントになる。たとえ取るに足らない出来でも。本作はパズルのピースが上手くはまっていて(*1)、短編としてはすっきりしたものになっている。
2009.11.16 (Mon)
▲ポール・オースター『ガラスの街』(1985)

★★★
City of Glass / Paul Auster
柴田元幸 訳 / 新潮社 / 2009.10
ISBN 978-4105217136 【Amazon】
探偵小説家のクインのもとに、ポール・オースター宛ての電話がかかってくる。何でも、探偵の仕事を依頼したいという。クインは人違いだと主張するも、相手は受け入れない。仕方がないので、ポール・オースターのふりをして依頼人と会うことにする。
探偵とは、すべてを見て、すべてを聞き、事物を出来事がつくり出す混沌のなかを動き回って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。(p.11)
掴みどころのない演劇風の小説。『ドン・キホーテ』【Amazon】の構造を取り入れつつ、探偵小説をモチーフにしてアイデンティティの揺らぎを描いている。監視対象の男はキリスト教の妄想に固執し、男の息子はその犠牲となって精神に異常をきたしている。作家のクインはもともと実名とペンネームで引き裂かれており、今回ポール・オースターとして事件に関わることで、「探偵」という役割に取り憑かれていく。まるでラベルのように貼り替えられる名前たち、そして、幻影のように消える事件の関係者たち。ガラスの街という地に足のつかない世界で、濃密な狂気が霧のように立ちこめている。ハロルド・ピンターを彷彿とさせる不条理な雰囲気が印象的だった。
>>『幽霊たち』へ
2009.11.18 (Wed)
▽ガブリエル・ガルシア=マルケス『生きて、語り伝える』(2002)

★★★★
Vivir para contarla / Gabriel Garcia Marques
旦敬介 訳 / 新潮社 / 2009.10
ISBN 978-4105090180 【Amazon】
自伝。アラカタスの貧しい家庭に生まれた著者は、伝説的な祖父や両親と暮らし、幼いころから文学に親しんでいた。法学部に進学したとき、ちょうど内戦に巻き込まれる。既に短編を発表していた彼は、新聞記者の仕事をしつつ創作に励む。一方、性的には人妻と不倫したり娼家に通ったりしていた。『落葉』を執筆後は、身の危険を避けるためヨーロッパに渡る。
四歳の私を知っていた人たちに言わせると、私は顔色が悪くて物思いにふけっていることの多い子供で、口を開けばでまかせの話を口にしたという。しかし、私の話は、その大部分が毎日の暮らしのエピソードに他ならず、幻想的な細部によって面白くして大人たちの耳を傾けさせようとしただけのものだった。(p.123-4)
ガルシア=マルケスはノンフィクションも面白い。ラテンアメリカの土臭い風俗──大家族で女がやたらたくましく、マチズモが色濃くて大の男が決闘する、そして濃厚なキリスト教──という文化的基盤だけでなく、信じがたいエピソードがナチュラルに存在していて、我々の住んでいるところより10センチくらいは天国に近いんだと思う。異世界というほどぶっ飛んでいるわけではなく、かといって現実というほどお行儀がいいわけでもない。たとえるなら、無人島で食人種を発見したときのような驚きであり、それはもう書物の向こう側の世界だ。著者が『千夜一夜物語』で空想に思いを馳せたように、我々は著者の本を通じて驚異のコロンビアを夢想している。
もちろん、そういったイロモノ的興味もさることながら、作家の自伝としても普通に面白い。著者は途上国の穏やかならざる環境にいるし、周りを固める家族たちも、偉人といっていいくらいの濃い人生を送っている。創作にまつわるエピソードは興味深いし、この本自体が記憶をめぐる総決算みたいな趣になっている。数多の材料を巧みな語りで料理しているわけで、ずいぶんと贅沢な本だなと思った。