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2009.11.21 (Sat)
▽ソポクレス『ギリシア悲劇 II ソポクレス』(B.C.441?-)

★★★★
Sophokles
風間喜代三・他 訳 / ちくま文庫 / 1995.9
ISBN 978-4480020123 【Amazon】
戯曲集。「アイアス」、「トラキスの女たち」、「アンティゴネ」、「エレクトラ」、「オイディプス王」、「ピロクテテス」、「コロノスのオイディプス」の7編。
著者は生涯で123編の劇を製作、現存するのは7編のみだという。
アイアスは宿敵ヘクトルから贈られた剣で自殺し、ヘラクレスは自分が滅ぼしたネッソスの血で重体になる。呪われた予言を背負ったオイディプスは、父とは知らずに父を殺害し、母とは知らずに母と交合、期せずして悲劇を極めてしまう。こういう皮肉めいた因縁を大切にするところが、悲劇の悲劇たる所以なのだろう。シンプルなだけになかなかの迫力である。
以下、各戯曲について。
「アイアス」"Aias"
ギリシア軍の勇者アイアスは、アキレウスの形見を賭けた競技でオデュッセウスに敗北。その判定を不服とし、彼ら一党の殺害を目論む。剣を振り回して皆殺しにしたつもりだったが、実はアテネの神通力で家畜の群れを人間と思いこんでいただけだった。それを恥じたアイアスは、宿敵ヘクトルの剣で自殺する。
ありていに言えばギリシア軍の内紛といったところ。アイアスが羊の群れに無双乱舞かまして辺りを血の海にしている。けだものの死体を見下ろして勝者きどりなんて悪い冗談だ。その勘違いは滑稽ではあるけれど、同時にどこかもの悲しかったりもする。アテネは神のくせにえこ贔屓していて、ちょっとアイアスが可哀想になってしまった。
後半は埋葬をめぐるいざこざ。アガメムノン(ギリシア軍の総大将)とメネラオス(スパルタの王)が小物っぷりを晒すのに対し、オデュッセウスは器の大きいところを見せている。権力者を前に一歩も引かず、死者への敬意を表すところは感動的である。漫画化されてもおかしくないエピソードだ。
「トラキスの女たち」"Trachiniai"
ヘラクレスが遠征先のトラキスで女にうつつをぬかしているという。妃デイアネイラは、死んだネッソスから教わった媚薬を衣服に塗り、ヘラクレスに贈りつける。しかし、それはネッソスの奸計だった。衣服を着たヘラクレスは瀕死の重体になる。
かつてヘラクレスは、ケンタウロスのネッソスを飛び道具で殺していた。そのときデイアネイラはネッソスに捕らわれていて、彼が息を引き取る寸前に媚薬の妙技(実は罠だった)を聞いている。つまり今回の騒動は、嫉妬したデイアネイラがネッソスの思惑にはまったという次第。
傲慢な夫婦が不幸になったという感じで特にどうでもいいかなあと。デイアネイラは高貴な生まれを鼻にかけていて、下々にやたら偉そうな顔をしている。そのうえ、息子に対しては母親づらして己のわがままを通している。ヘラクレスも罪のない男を勘違いでぶち殺してるし、どっちもどっち、お似合いの夫婦だ。
「アンティゴネ」(B.C.441?)"Antigone"
テーバイではオイディプス王の死後、2人の息子が争い共倒れになる。王位を継いだのはクレオンという男で、彼はオイディプスの妻の兄弟だった。クレオンは共倒れになったうちの片方を反逆者とし、死体の埋葬を禁じる。ところが、オイディプスの娘アンティゴネはそれを無視、兄弟を埋葬するのだった。
「アイアス」に続いて埋葬が主題。丸く収まった「アイアス」に対し、こちらは権力者が頑固なせいで悲劇のドミノ倒しになっている。思いやりを欠いたばかりに身内が死んでいくのだからたまらないね。後悔先に立たずだ。
「エレクトラ」"Elektra"
アガメムノンの妻クリュタイメストラは、アイギストス(アガメムノンの従弟)と共謀して夫を殺害、2人は夫婦となり、アガメムノンの後を継いでいた。娘のエレクトラは今でもそれを恨んでいるものの、両親のなすがまま虐待されている。一方、遠方では幼いころ他国に逃がされていたオレステス(エレクトラの弟)が、立派に長じて復讐計画を立てていた。
エレクトラ・コンプレックスといったら母殺しで有名だけど、ソポクレスの劇ではちょくせつ手をくだしていない。殺ったのはオレステスである。エレクトラはあれだけ憎悪をアピールしていたくせに、妹には説教までしていたくせに、大して役に立ってなくて何かイヤだ。お前も手を汚せよと思う。
「オイディプス王」(B.C.429-5?)"Oidipus Tyrannos"
テーバイ王のオイディプスが、先代を殺した犯人を探すべく布告を出す。ところが、実は犯人はオイディプスで、知らずに予言を実行していたのだった。また、彼は知らずに母と姦通し、4人の子をもうけている……。
ぎゃー、何て壮絶な! オイディプスの人生は真っ黒に呪われていて、悲劇のレールにがっちりはまっている。王としてはけっこう立派にやっていたのに、実は生まれたときからRSF(ロイヤル・ストレート・フラッシュ)級の予言がつきまとっていたのだ。父殺しに近親相姦。ここまで悪辣な「運命」を仕組まれたらどうしようもないよなあ。人智を超えているだけに理不尽すぎる。
「アンティゴネ」で子供たちが全滅したのも、この悲劇の余波なのだろう。近親相姦の落とし子は、死をもって精算されなければならない。ここまで重たいものを背負ったオイディプスはすげーわ。
「ピロクテテス」(B.C.409)"Philoktetes"
ヘラクレスの弓を受け継いだピロクテテスは、トロイア遠征の途上で毒蛇に咬まれて負傷、ギリシア軍から無人島に置き去りにされていた。それから10年後、予言によって彼の力が必要になったため、オデュッセウスとネオプトレモス(アキレウスの遺児)が島を訪れる。恨み骨髄のピロクテテスに対し、オデュッセウスには策があった。
オデュッセウスが人間臭くて良い。目的のためには手段を選ばない。高潔にもなれれば卑劣にもなれる。策略家の彼は人生の裏表に通じていて、セリフも生き生きしている。理想主義の英雄よりもよっぽど魅力的だ。
「コロノスのオイディプス」(B.C.401)"Oidipus epi Kolonoi"
盲目のオイディプスは国を追放され、娘2人とコロノスの森を彷徨っていた。彼はエウメニデスの神域を自分の墓所にしようとしていたが、そこに長男のポリュネイケスとテーバイ王のクレオンが登場、侃々諤々の言い争いをする。
結局、あれだけの不幸も神の思し召しということなのか。苦痛や不幸というのはホントは無意味なんだけど、それでは浮かばれないし納得もできないから、神という超越的な装置を持ち出して諦観させる。神の思し召しだから正しい、神の御心は我々には分からない。こうして人は運命論者になってしまうのだ。
2009.11.23 (Mon)
◆『シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.21』(1994/英)

★★★★★
The Memoirs of Sherlock Holmes
ジェレミー・ブレット / エドワード・ハードウィック / ピーター・ウィンガード / ジョナサン・ハイド
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(24枚組) 【Amazon】
「三破風館」、「瀕死の探偵」の2編。
Vol.20の続き。
第36話「三破風館」"The Three Gables"
息子を亡くした依頼人は、ある金持ちから家の買収を持ちかけられていた。しかし、その条件は奇妙で、家具や小物いっさいを含んだ取引だという。死んだ息子は金持ちの婦人とトラブルがあり、婦人は公爵と婚約していた。
黒人きたー! このシリーズで黒人といったら「四人の署名」の土人であり、つまり人外のものという扱いだった。当時のロンドンにはまだ定着していなかったのだろう、使用人や浮浪者にも黒人はいなかった。ところが、この回では普通にスーツを着用し、ホームズと対等に口をきいている。怪物が一気に人間化していて感動したのだった。
そんな黒人を相手にワトスンが格闘している。てっきり拳銃専門かと思いきや、意外とボクシングもいけるようで、本格的な構えから1〜2回パンチをかわしていた。しかし、今回は相手が悪い。敵はボクシングのチャンピオンである。結局はガラスに頭から突っ込んで負傷、顔にでっかい痣を作っていた。
ドラマの感想は男性と女性ではっきり別れそう。女性は加害者の女に肩入れするんじゃなかろうか。ジプシーの私生児だった女は自らの才覚で成り上がり、公爵との結婚でさらなる栄華を手に入れようとしていた。そこへ過去の男(文無し外交官)が邪魔をしてきたのである。しかも、私小説で秘密を暴露しようというとんでもないヘタレぶり! 世の女性たちは、この被害者を見て呆れかえったことだろう。そして、死んだのは自業自得と納得したことだろう。この時代、女が幸せになるには金持ちを掴まえるしかなかったのだから、それを邪魔するのは許されないのである。プチセレブな生活を送るために連続殺人する女(→参考)がいる昨今、加害者のほうが支持されても不思議ではない。
第37話「瀕死の探偵」"The Dying Detective"
銀行家の若旦那が、従兄の策略で伝染病に罹り死亡する。従兄はその病気の第一人者であり、若旦那の死によって遺産をすべて相続したのだった。ホームズ&ワトスンが事件に挑む。
今回のホームズは大手柄。「敵を欺くにはまず味方から」という格言を実践し、相手を挑発してまんまと罠にはめている。証拠がないから自白させるしかなかったのだ。どん底(錯乱)から一気に食らいつく逆転の妙味を堪能した。「ワトスンは藪医者じゃない」とさりげなく褒めるところも心にしみる。
ところで、この頃のワトスンはホームズと同居してなかったようだ。というのも、最初にベイカー街を訪れたとき、ハドスン夫人から「10日ぶり」みたいなことを言われている。思えば、同居を匂わせる描写は初期にしかなかった。このシリーズ、意外と隠し設定が仕込まれてそうである。
>>Vol.22へ
2009.11.25 (Wed)
◆『シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.22』(1994/英)

★★★★★
The Memoirs of Sherlock Holmes
ジェレミー・ブレット / エドワード・ハードウィック / ジョン・ハラム / ジョアンナ・デビッド
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(24枚組) 【Amazon】
「赤い輪」、「ボール箱」の2編。
Vol.21の続き。グラナダ版は初期の有名作よりも、後期の比較的マイナーな作品のほうが面白い(長編のぞく)。たぶん、ぐだぐだな原作にオリジナル要素をくわえているからだろう。ドラマがより深まっている。
第38話「赤い輪」"The Red Circle"
イタリア人のカップルが、政治結社「赤い輪」から逃がれるべく、アメリカからロンドンに渡ってくる。しかし、殺し屋も諦めずに追いかけてきた。ホームズ&ワトスンが事件に関わる。
ホームズものにしては珍しく緊迫感のあるストーリーだった。カップルが再会のために手段を講じるなか、執念深い殺し屋がひたひたと近づいてくる。一方、ホームズ側から見ると最初は謎のベールでぐるりと囲まれていて、地道な捜査によってゆっくり事態が明らかになっている。その過程で殺人もあったりして、なかなかの盛り上がりだった。
逃亡者の青年はすげーな。ナイフを持った殺し屋を返り討ちにするんだからただものではない。その強さは北斗神拳伝承者クラスだろう。プロを相手にどうやって始末したのか、この回最大の謎である。
第39話「ボール箱」"The Cardboard Box"
三姉妹はかつて末っ子の結婚をめぐっていざこざがあり、今度は次女が下宿人といい仲になったことでまたいざこざが起きた。そこへボール箱が届く。なかには切り取られた人間の耳が入っていた。
「青い紅玉」に続いてのクリスマス・ストーリー。本国ではこれが最終話である(*1)。ワトスンへのプレゼントで悩むホームズは、ハドスン夫人から百貨店に行くことを勧められ、ポンチョみたいなコートを買ってきている。ワトスンのはしゃぎようったらまるで子供みたいだった(ちなみに、ワトスンのほうはパイプを贈っている)。2人の友情は微笑ましいね。もっと見たかったよ。
さて、そんな祝祭ムードとは裏腹に、事件はへヴィな様相を呈している。神話の時代から変わらない人間の愚かさと、不完全な法制度による理不尽さ。復讐に殉じた犯人の告白がたまらない。秩序の回復者でありながらもある意味でアウトローなホームズは、こういう加害者をたびたび見逃してきた。しかし、今回はなす術なし。最後は天に向かって慨嘆するしかなかったのだった。
>>Vol.23へ
2009.11.28 (Sat)
◆『シャーロック・ホームズの冒険 完全版 Vol.23』(1994/英)

★★★
The Memoirs of Sherlock Holmes
ジェレミー・ブレット / エドワード・ハードウィック / チャールズ・グレイ
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(24枚組) 【Amazon】
「金縁の鼻眼鏡」、「マザランの宝石」の2編。
Vol.22の続き。10年にわたって続いたシリーズもこれで終わりである。
第40話「金縁の鼻眼鏡」"The Golden Pince-Nez"
寝たきりの学者に仕える若き助手が、屋敷で何者かに刺殺された。彼は倒れたさい、手には金縁の鼻眼鏡を持ち、最後を看取ったメイドにはメッセージを残している。ホームズ兄弟(シャーロック&マイクロフト)が事件に挑む。
ワトスン役が映画撮影で不在のため、マイクロフトが緊急登板している。劇中では、「医者の仕事が忙しいから」ということになっていた。
この回では煙草がキーアイテムとして登場。我らがシャーロックも紙巻き煙草をすぱすぱやっている(マイクロフトは嗅ぎ煙草派らしい)。そういえば、グラナダ版のホームズは挿絵のイメージとは違い、パイプよりも紙巻き煙草を多く吸っていた。さらに、インパネスコートと鹿打ち帽も郊外に行くときしか着用せず、普段は黒いスーツと山高帽でびしっと決めている。これらは綿密な考証によるもので、原作を忠実に再現しようという試みらしい。ジェレミーの歴史的な名演と相俟って、ホームズをホームズたらしめている。
第41話「マザランの宝石」"The Mazarin Stone"
シャーロック・ホームズがハイランドに旅立つ。その間、ワトスンのもとにガリデブ姉妹が奇妙な事件を持ち込んできた。さらに、マイクロフトは宝石の盗難事件を追っている。2つの事件は1本に繋がり……。
「マザランの宝石」と「三人ガリデブ」をミックスさせた話。撮影中にジェレミーが入院したため、マイクロフトが緊急登板している。
ガリデブ姉妹が良い味だしていたものの、NHKでの最終話(*1)がこれというのも何か寂しい。ホームズがいないせいか、番外編っぽい雰囲気になっている。
霧を使った幻想的な演出がいまいちだった。犯人はあれだけ追い詰められていたのに、最後は干潟でこけてるだけってどうよ? 普通は海に落ちるとかしないか? それに不在のホームズが兄を褒めるシーンなんか、まるで細木和子のCM(占星術の本)みたいな安っぽさである。マイクロフトが活躍しているということで、事件そのものよりもキャラクターを味わうような話になっていた。