2009.12b / Pulp Literature

2009.12.13 (Sun)

ダヴィッド・シャハル『ブルーリア』(1970,71,82)

ブルーリア(112x160)

★★★★
Bruria and Other Stories / David Shahar
母袋夏生 訳 / 国書刊行会 / 1998.10
ISBN 978-4336040275 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「ブルーリア」、「薬剤師と世界救済」、「人間の性格」、「真夜中の物語」、「夢について」、「国境の少年」、「二人のポーター」、「パレルモの人形」、「邪視(アイン・ハラア)」、「占い師」、「時計」、「小さな神の死」、「影と似姿」の13編。

著者はイスラエルの作家で、使用言語はヘブライ語。本書はエルサレムの生活を捉えたスケッチ風の小品と、人生の哀歓を綴った短編らしい短編を収録している。宗教と民族が混淆するイスラエルの地域性に、ユーモアなり暖かみなりが控えめにまぶされていて、あまり肩肘の張らない作風だった。

以下、各短編について。

「ブルーリア」

精神病院でバイトしている「ぼく」は、職場の女と友好的な関係にあった。そこへブルーリアが入院、彼女は何も言わないまま死んでいく。一方、「ぼく」と女の状況も一変するのだった。

ブルーリアという触媒みたいな女を軸に、ささやかなようで実は決定的な男女の変化を切り取っている。「死」があって「生」があるみたいな筋運び。「ぼく」とブルーリアの交感を、ナルシシズムすれすれの詩的な文章で乗りきっている。

「薬剤師と世界救済」

「ぼく」が9歳、兄が14歳のとき、町に新しい薬剤師がきた。兄の後をつけて薬剤師のもとを訪れる。すると、薬剤師は世界救済を説くのだった。

一過性の奇妙な体験を描いている。これはもうやりとりの妙に尽きるね。兄の横暴なんか、「ぼく」という不完全な視点で見ているから面白い。

「人間の性格」

アメリカからきた叔父さんが、キブツで半年を過ごしたあと、「ぼく」の家に戻ってくる。

風のように来た叔父さんは風のように去っていく。母にとっては異物に近い困ったちゃんだけど、「ぼく」にとっては新しさの象徴みたいな存在だ。品行方正でもなければ奇人変人でもなく、天然っぽいアクの強さがある。そういう叔父さんが、わずかな波紋を投げかけているところが楽しい。

「真夜中の物語」

女と別れた「ぼく」が真夜中に散歩に出る。すると、1人の少年と出くわした。彼は家出をしてきたらしい。

闇のなかでは光が映えるねえ。他人の家の問題から自分の問題へと尾を引かせている。

「夢について」

才気煥発なツェマフは大物になろうと心に決め、イギリスに渡って法学の博士号を取得、金持ちの嫁を連れて帰ってきた。要職に就いた彼は傲慢になっていたが、嫁が病死してからは心を病んでいく。

日本でもそうだけど、欧米に憧れる奴ってたいてい田舎者だよなあ。ツェマフは留学前からイギリスナイズされていて、ステッキを振り回したりパーティーで名士を気取ったりしている。まるで犬におめかしをさせるような勘違いぶり。「趣味の良さ」にすがりつく自意識地獄がそこにある。

分量が少ないせいか、「罪の意識」に焦点を合わせてから紋切り型の自己憐憫に堕していたけれど、最後はエピソードを上手く使って「回復のストーリー」に持ち込んでいる。

「国境の少年」

国境では紛争が勃発していた。少年は母と一時避難し、また学校に通い始める。母は学校の炊事婦になると言い出すのだった。

政治に翻弄される姿を描きつつ、政治的であることを極力避けている。短いながらも当地のエッセンスがたっぷり詰まっていた。

「二人のポーター」

同じ縄張りで働く2人のポーター。古参のナフムは新参のイスラエルに対して威張り散らしていた。弱者のイスラエルはじっと我慢する。ある日、職場にイスラエルの妻がやってきた。彼女は美人のうえ、保守的な習慣から外れた行動をとっている。嫉妬したナフムは、イスラエルに文句をつけるのだった。

耐えるしかない弱者に一筋の詩情を注いでいる。

「パレルモの人形」

イタリア人の老人は、戦争の勃発で肩身の狭い思いをしていた。彼は世間との交渉を避け、人形と寝食を共にしている。

バービーやマネキン、ラブドールなど、人形コレクションにはほかの趣味とは一線を画した不気味さがある。美しい造形の裏に多大な不安を感じるのだ。昔は人間の代替物として呪術や祭事に使っていたわけで、太古の記憶が無意識層に根付いている。

「邪視(アイン・ハラア)」

持ち主が変転してきたその鏡には、邪視にまつわる逸話があった。

古き良き物語といった感じで面白かった。邪視というのは呪いのことで、当然それは迷信なのだけれど、迷信であってもなお有効な気の利いたオチがついている。

「占い師」

訳ありのカルマン叔父が、「ぼく」の家に転がり込んで占い師になる。性に合わないから看板を下ろそうとしたところ、切羽詰まった様子の女がやってきた。女の子供は不治の病に冒されているらしい。

だらしのない人生を送ってきた叔父が、成り行きから神学的な問題に直面する。こういうのはやはり一神教の世界だよねえ。「君たちの葛藤は分からないけど、君たちが葛藤しているのは分かった」みたいなもやもや感が残る。神を信じない我々は恵まれてると思った。

「時計」

遺跡の発掘現場で男女の激しい恋。

まあ、一編くらいはこういうのが入っていてもいいかな。

学者の名前が「タイマー卿」っていうのは偶然だろうか?

「小さな神の死」

「小さな神」とあだ名された男の死。

夢の中の対話が面白い。ある種の幻想小説を読んだときのような虚無的な気分になる。宗教と幻想は紙一重だ。

「影と似姿」

ラビの息子である17歳の少年が家出する。

盗んだバイクで走り出しそうな青春小説だった。中東は宗教的・家父長的な抑圧がすごいうえ、社会全体が異常で逃げ場がないから大変だ。いくらまともな考えを持っていても、周囲の期待に合わせなければ生きていけない。そりゃ自爆テロも横行するわ。

>>文学の冒険

2009.12.14 (Mon)

テレンス・ヤング『ロシアより愛をこめて』(1963/英)

ロシアより愛をこめて(113x160)

★★★
From Russia with Love
ショーン・コネリー / ダニエラ・ビアンキ / ロバート・ショウ / ロッテ・レーニア / ペドロ・アルメンダリス / バーナード・リー / デズモンド・ルーウィリン / ロイス・マクスウェル / マルティーヌ・ベズウィック
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
通常版 【Amazon】 / アルティメット・エディション 【Amazon

ソ連の諜報員タチアナ(ダニエラ・ビアンキ)が、暗号機の情報を持ってイギリスに寝返ってくるという。MI6はイスタンブールにジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)を派遣する。現地にはスペクターの殺し屋(ロバート・ショウ)も潜入しており、目的を達するべく工作をしていた。

ジェームズ・ボンドの色気が最高だった。年中発情期って感じのスケベ面がすごいんだけど、それ以上にスーツ姿がめちゃくちゃ格好いい。頭のてっぺんから足の先まで完璧に決まっていて、立ってるだけで様になっている。彼は世界一スーツの似合う男じゃなかろうか。英国紳士の魅力をたっぷりと堪能した。

一方、ボンドガールは添え物だからあまり印象に残らない。絶世の美女ではあるものの、どこかマネキンのように空疎だったりする。これはよく言われることだけど、007シリーズは男のハーレクインなんだな。世界を牛耳ろうとする悪役がいて、びっくり箱のようなアイテムがあって、戦利品のような美女がいる。戦隊ものに胸毛を生やしたような能天気さがたまらない。まさに大人のための童話である。

2009.12.15 (Tue)

『名探偵ポワロ 完全版 Vol.1』(1989/英)

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET(153x160)

★★★★
Agatha Christie: Poirot
デビッド・スーシェ / ヒュー・フレイザー / フィリップ・ジャクソン / ポーリン・モラン / ブリジット・フォーサイス / ジュリエット・モール
ハピネット・ピクチャーズ
DVD-SET1 【Amazon】 / 全巻DVD-SET(32枚組) 【Amazon

「コックを捜せ」、「ミューズ街の殺人」の2編。

NHKで放送していたドラマの完全版(日本語吹き替えも収録)。やはりポワロといったらデビッド・スーシェでしょう。髭の生えたゆでたまごみたいな外見に、名探偵の自負とそれに裏打ちされた気品が備わっている。服の汚れを気にする潔癖さも完全再現。ジェレミー・ブレットのホームズに匹敵する忠実な映像化で、まさにポワロ(・Ω・)という感じだった。

第1話「コックを捜せ」"The Adventure of the Clapham Cook"

名探偵ポワロが、屋敷からいなくなったコックの女性を捜す。調査を続けていくうちに、事件は意外な広がりを見せていく。

ポワロはもちろんのこと、ヘイスティングス、ミス・レモン、ジャップ警部と、レギュラー陣が勢揃いしている。みんなはまり役で掛け合いが面白かった。友人のヘイスティングスはけっこう粗暴で、グラナダ版のワトスンより格段に知能が低い。ライバルのジャップ警部はイヤミな奴で、律儀に的外れな捜査をしている。ミス・レモンはまあ普通の秘書キャラかな……。ともあれ、のっけから個性的な人物たちに魅了されたのだった。

ボリビアとボリバルを取り違える言葉遊び的なトリックは、クリスティの十八番だろうか。似たようなのが『オリエント急行殺人事件』にもあった。

第2話「ミューズ街の殺人」"Murder in the Mews"

ポワロとヘイスティングスとジャップ警部が、ミューズ街で仲良く花火を見物する。翌日、ポワロのもとにジャップから電話がかかってきた。何でも、ミューズ街である夫人が拳銃自殺したという。しかし、現場に行くと様子がおかしかった。

意外とトリッキーなミステリだった。通常の枠組みを逆用して事件を作っている。利き腕なんて初期の段階で正確に判明しそうだけど、こういうミスがないと話にならないから仕方がないのだろう(証言を疑う理由もないし)。例によってジャップは見当違いな人物を連行している。イギリスはポワロがいなかったら冤罪だらけだと思う。

ポワロとジャップが仲良しになっていて驚いた。第1話では緊張感が漂っていたというのに、この回では早くも雪解けムードになっている。まさに「君子豹変す」である。

>>Vol.2

>>『名探偵ポワロ 完全版』

2009.12.18 (Fri)

司馬遼太郎『項羽と劉邦』(1980)

項羽と劉邦(111x160)

★★★
新潮文庫 / 1984.9
ISBN 978-4101152318 【Amazon
ISBN 978-4101152325 【Amazon
ISBN 978-4101152332 【Amazon

紀元前3世紀。各地で起こった反乱と宦官による国政の壟断により、秦の治世は終わりを告げようとしていた。名将の後裔にして比類なき豪傑の項羽。農民の倅にして手に負えないごろつきの劉邦。対称的な2人が天下を争う。

さいきん中国史にはまっているので再読した。作品としては横山光輝の漫画のほうが上だけど、小説は小説で司馬の人物観が尖っていて面白い。この人の本領は、膨大な資料を駆使した蘊蓄よりも、鮮やかな比喩や的確な悪口にあると思う。意外にもレトリックがずば抜けているのだ。随所に翻訳小説のような機知が散りばめられていて、小説家としてはともかく、文章家としては一流と言っていいと思う。己の好き嫌いを容赦なくぶつけているところがスリリングだ。『国盗り物語』の項でも書いたけれど、やはり著者は「怒り」や「憎しみ」をモチベーションにしているのだろう。

とりあえず、2箇所引用しておく。

狂などというのは、後世、思想家や文人が、みずから現実を超脱する気分をあらわすときに頻用し、いわば姿のよい言葉になったが、(p.37 vol.2)

壮士という言葉ははるかな後年、日本語のなかに入ったとき、志士を気取りつつじつは打算で動き、小利にころび、平素政治上の壮語をして実際は恐喝でもって衣食している徒をさすようになったが、(p.121 vol.2)

これらを読んで田中芳樹や飯嶋和一を連想した。歴史小説家がしばしば辛口になるのは司馬の影響なんだろうか。歴史を学ぶと人間について何か分かった気になって、つい言葉が過ぎちゃうから注意しなきゃね。

項羽と劉邦の争いほど、性格の差が如実に現れたのも珍しい。有能な項羽は自分の力を頼みにして敵を軽んじ、部下の活用にはあまり積極的ではなかった。身内や知人には情を見せるものの、知らない人間には極めて冷淡で、たとえば城攻めの際、頑強に抵抗した兵たちをいちいち殲滅している。彼の勇は「匹夫の勇」であり、彼の情は「婦人の情」であった(韓信談)。一方、無能な劉邦は抜群の包容力で人材を吸収し、惜しみない恩賞と適材適所によってフル活用している。無能であるがゆえに人の話を聞くことに長けていたのだ。しかも、彼は支配者らしい冷徹な意思まで備えていた。必要とあらば嫌いな奴でも我慢して使う反面、用済みとなったら功臣でさえも、むしろ功臣だからこそ容赦なく粛正している。劉邦は人間を機能として考えている風があって、そこが“情け深い”項羽との決定的な差になっている。