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2010.7.4 (Sun)
▲マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(2009)

★★★
Justice: What's the Right Thing to Do? / Michael J. Sandel
鬼澤忍 訳 / 早川書房 / 2010.5
ISBN 978-4152091314 【Amazon】
ハーヴァード大学での講義を元にした本。アリストテレスからマッキンタイアまで、政治哲学の系譜を参照し、現実の例と対照しながら「正義」について考えていく。
著者はジョン・ロールズを批判したことで有名なコミュニタリアン。「ハーバード白熱教室」を見て興味を持ったので読んでみた。タイトルの「正義」とは、アメリカが国家事業として行っている「正義」ではなく、「善き行い」や「共通善」、あるいは「公正」といったニュアンスで使われている。
市場原理主義の崩壊とオバマ政権の誕生が追い風になっているようだ。フリードマン的なリバタリアニズムを鮮やかに否定し、返す刀でリベラリズムの限界を浮き彫りに、ロールズの『正義論』【Amazon】を踏まえつつ、その弱点を補うようにしてコミュニタリアニズムを提唱している。本書の特徴はとにかく分かりやすいところだ。ゴルフの目的論的問題や大学のアファーマティブアクション、さらには奴隷制や同性結婚など、アメリカ社会に根ざした様々な事例をあげ、それらを古今の政治哲学と突き合わせて話を進めている。「自己責任」を押しつける無責任な「自由」からの脱却、そして、道徳的難題に向き合う新たな価値観の模索。注意深く議論を展開する手並みは、まるでよくできた証明問題のようだ。段階を踏んでするするっと「共通善」を導いている。多元主義の時代を自覚しながらも、「人の数だけ正義がある」みたいな中二病的モラルへ逃げないのが良い。
本書が色褪せているのは対話がないからだろう。「ハーバード白熱教室」の魅力は、学生たちとのスリリングな応答に多くを負っていた。本書は講義の復習には最適だし、結論は講義より突っ込んでいて新鮮味があるものの、ただそれらは講義を補完するための要素だから、単体では魅力に欠けると言わざるを得ない。それと、コミュニタリアニズム自体がまだまだ不完全な理論で、先行きが見えないところもマイナス要因。書籍としての完成度はいまひとつだった。
2010.7.6 (Tue)
▲カミ『機械探偵クリク・ロボット』(1945,47)

★★★
Krik-Robot, Detective-A-Moteur / Cami
高野優 訳 / 早川書房 / 2010.6
ISBN 978-4150018375 【Amazon】
中編集。機械探偵クリク・ロボットが、代数学的な手法で事件を解決する。「五つの館の謎」、「パンテオンの誘拐事件」の2編。
癒し系というか脱力系というか、妙に味のある挿絵が楽しい。特にクリク・ロボットは、出来損ないのコロ助【Amazon】みたいな外見がチャーミング。そのとぼけた佇まいに心が和んでしまう。『禁断の惑星』のロビーに匹敵するくらい可愛かった。
以下、各中編について。
「五つの館の謎」(1945)"Krik-Robot, Detective-A-Moteur: Lenigme Des 5 Pavillons"
館の庭で1発の銃声が鳴り響き、男の額にナイフが突き刺さった。アルキメデス博士とクリク・ロボットが事件に挑む。
クリク・ロボットは、鉄腕アトム【Amazon】のような高度に発達した知能は持っていない。自動車やパソコンと同じく人間の指令を必要としている。ボタンとハンドルで操作するわりには、推理ロボットしての機能は豊富に揃っていて、<手がかりキャプチャー>や<推理バルブ>など、固有名詞の羅列にロマンがある。おまけに鉄でできた体は頑健そのもの。銃撃は効かないわ、犯罪者をあっさり捕まえるわ、親しみやすい外見とは裏腹に、文武両道を兼ね備えている。やはりロボットはアナクロが一番だね。首がうにょーんと伸びる<首長潜望鏡>なんか、挿絵が妙にシュールで笑える。
暗号解読は訳者がとても頑張っている。第1の殺人はけっこうキているけれど、このユーモラスな世界観ならありだろうなあ。一応ぴたっと収まっている。
「パンテオンの誘拐事件」"Les Aventures De Krik-Robot: Les Kidnappes Du Pantheon"
パンテオンから偉人たちの遺骸(ヴォルテール、ルソー、ゾラ、ユゴー)が盗まれた。アルキメデス博士とクリク・ロボットが事件に挑む。
何かもう博士の親バカぶりが微笑ましいね。クリク・ロボットは「拡張された身体」という感じで、博士の頭脳がないと捜査が成立しないのだけど、博士は一貫してロボットのすごさを讃えている。そのうえ、「息子」よばわりまでしているのだから、傾倒ぶりは半端ないのだ。博士の卓越した頭脳と、ロボットの人間離れした身体能力。探偵コンビとしてはパーフェクトな組み合わせである。
実存主義をもじった実欣主義、やたらと名前の長い青年、話が脱線してなかなか要点にいかないおじさんなど、力でねじ伏せるタイプの笑いが目立つ。どちらかというと駄洒落が多く、機知に富んだ表現は少ない。しかしそんななか、サルトルのことを「カフェでふんぞりかえっている滑稽な親爺」(p.153)と評しているのが素敵だ。さすがカミュ、もといカミである。
2010.7.10 (Sat)
▽マーク・トウェイン『まぬけのウィルソンとかの異形の双生児』(1894)

★★★★
Puddn'head Wilson and Those Extraordinary Twins / Mark Twain
村川武彦 訳 / 彩流社 / 1994.11
ISBN 978-4882023227 【Amazon】
中編集。同じ構想から分裂した別々の物語を収めている。「まぬけのウィルソン」、「かの異形の双生児」の2編。
マーク・トウェインいいねー。同じアメリカ南部でも、フォークナーやオコナーのようなどろどろした雰囲気ではなく、古き良き物語といった感じで楽しく読める。しかも、ピリっと風刺が効いていて、ただの能天気で終わっていない。客に奴隷制という深い穴を覗かせ、背中を押して脅かすような趣向になっている。物語はおおらかだし、登場人物は生き生きとしているし、こりゃ病みつきになるわ。
以下、各中編について。
「まぬけのウィルソン」(1894)"Puddn'head Wilson"
19世紀前半のミズーリ州。弁護士のウィルソンは、ある失言がもとでまぬけ呼ばわりされていた。彼は趣味で街の人々の指紋を収集している。一方、1/16だけ黒人の血が混じっているロクサーナは、外見は白人と見分けがつかないものの、奴隷として名家に仕えていた。彼女は2人の赤ん坊──自分の息子(黒人の血1/32)と主の息子(純血白人)──を交換し、それが後々大きな災いを招くことになる。
南部を舞台にした喜劇じたての中編だけど、底流にある社会のルールが恐ろしい。たとえ外見は白人でも、黒人の血が少しでも混じっていたら黒人として認知され、奴隷になる権利を有してしまう。ただ、ミズーリ州はまだ扱いがマシなほうで、川下のディープサウスときたら家畜同然に酷使する奴隷地獄だった。黒人たちは「川下に売られる」ことを極度に恐れており、物語はそれを踏まえて非情な展開になる。これがまた何とも言えず黒いのだ。とんでもないことをユーモラスに語っていて、思わず半笑いになってしまう。悪趣味にならず、かといって深刻にもならず、絶妙の匙加減だった。★★★★。
「かの異形の双生児」(1894)"Those Extraordinary Twins"
19世紀前半のミズーリ州。外国からイタリア人の双子がやってくる。彼らは2つの頭と4本の腕を持つ結合双生児だった。
「まぬけのウィルソン」の別ヴァージョン。同じ配役・同じ舞台で違う物語をこさえている。こちらは某ミステリ【Amazon】の元ネタとして有名だろう。基本的には罪のないドタバタ劇で、アシュラマンみたいな異形の双子が法の不備を明るみに出している。実際、こういう人間が犯罪者になったらどう裁くべきなんだろうか? 両方に罰を与えるわけにはいかないしねえ……。ともあれ、本作はタイトルから窺える通り、シャム双子のことをバケモノ扱いしているので、人権派が読んだら面食らうかもしれない。私もちょっと面食らってしまった。★★★。
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