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2010.7.25 (Sun)
▲ラドヤード・キプリング『少年キム』(1901)

★★★
The Kim / Rudyard Kipling
斎藤兆史 訳 / ちくま文庫 / 2010.3
ISBN 978-4480426918 【Amazon】
ラホール在住の少年キムは、イギリス軍人の血をひく孤児だった。彼はチベットから来た老僧と共にベナレスへ向かう。道中、イギリス軍の大佐に認められ、グレート・ゲーム(闇戦争)の尖兵になるべく教育を受ける。
インドは耳慣れぬ言葉で神の言葉を熱っぽく語る聖人たちでいっぱいである。自らの情熱の炎のなかで打ち震えながら、燃えつきる者たちがいる。夢を追い、不思議な言葉を語り、神のお告げを聞く者たちがいる。太初よりこの世の終わりまで、それは変わることがない。(p.62)
インドを舞台にしたスパイ小説。19世紀末のグレート・ゲーム、すなわちロシアとの諜報戦を題材にしている。ミッションの手順や組織のありかた、キムの抜け目ない行動など、スパイまわりの細部はけっこう本格的で、さすがMI6の国だと感心してしまう。さらに、インドの風俗も素晴らしく、イスラーム・ヒンドゥー・仏教が混在するごった煮的雰囲気に魅力がある。こういう物語が生まれるんだったら帝国主義も悪くないねえ。インド人もびっくりのエキゾチックな小説だった。
老僧とキムの師弟関係が微笑ましい。師匠のほうは本気で悟りを追い求めており、万事において子供のような純粋さがある。世俗の機微にはやや疎く、現代だったら振り込め詐欺に引っ掛かりそうなタイプだ。一方、弟子のほうは神も仏もない現実主義者で、年齢に似合わずえらい世慣れている。2人は聖と俗を代表する凸凹コンビといったところだろう。宗教に身を捧げた師匠はある意味でエゴイストだけど、しかし弟子には情がうつっていて、随所で子煩悩ぶりを発揮している。のみならず、弟子のほうも師匠を慕っていて、彼らは揺るぎない信頼関係で結ばれている。西洋と東洋の幸福な出会いを堪能した。
2010.7.28 (Wed)
▽アーネスト・ヘミングウェイ『in our time』(1924)

★★★★
in our time / Ernest Hemingway
柴田元幸 訳 / ヴィレッジブックス / 2010.5
ISBN 978-4863322462 【Amazon】
小品集。戦場や闘牛など、ヨーロッパでの一コマを簡潔な言葉でスケッチしている。全18章。
60ページほどの薄い本。1ページあたりの密度も低く、だいたい15分もあれば読み終わる。「短編1本を本にするとは阿漕な商売だ」とか、「柴田元幸もついにアイドル化したか」とか、「今後は電子書籍に追随してバラ売りが増えるのだろう」とか、読む前にはいろいろ勘ぐったけれども、実はもともとこういう原書があったようだ。短編集『われらの時代』【Amazon】から、作品と作品の間を繋ぐスケッチ部分を抜粋し、少部数限定で出版したという。経緯が経緯だけあって、1冊にまとまっていても違和感はない。むしろ、まとまることで散文詩のような味わいが強まっている。コストパフォーマンスを度外視すれば、これはこれで際立った内容だ。戦場ユーモアというべきアイロニカルな視点と、ハードボイルドな文体が実によくはまっていて、コレクターズアイテムとしては上々だと思う。
2010.7.30 (Fri)
▲ヘルマン・ヘッセ『わがままこそ最高の美徳』(1986)

★★★
Eigensinn macht SpaΒ / Hermann Hesse
フォルカー・ミヒェルス 編 / 岡田朝雄 訳 / 草思社 / 2009.9
ISBN 978-4794217318 【Amazon】
アンソロジー。エッセイ・小説・書簡・詩など、著作からの引用で埋めている。全66編。
最初のあいだ、文学の新刊や最新刊の中を泳ぎまわること、いや、それに溺れていることは、ほとんど酔うような快感だった。けれどもちろん、しばらくすると、精神的な面では、現在だけの中に、新刊書や最新刊書の中だけに生きることは、耐えがたく、無意味であることを、過去のもの、歴史、古いもの、非常に古いものとたえず関係を持ってはじめて、精神生活が可能になることに気付いた。(p.71-2)
テーマ別アンソロジー・シリーズの1冊。自らの天分に沿って生きること、しかし、それを貫くには多大な困難を伴うこと、場合によってはどこかで折り合いをつけなければらないこと──そういう人生訓めいた文書を集めている。これは筋金入りのヘッセファンじゃないと読み通すのはつらいだろう。青春小説から人生相談まで、テキストの幅広さには目をみはるものの、内容はやたらと生真面目で退屈きわまりない。私は半分くらいで飽きてしまった。まあ、地獄をくぐり抜けてきた者ならではの凄味はあるかも。ヘッセは少年期に自殺未遂をおこし、中年期に精神崩壊の危機を迎え、ついには聖人の境地に至った苦労人なわけで、ガンジーっぽい顔をしているのも納得できる。
「個性」を重視しながらも手放しに推奨していないのが良い。「個性」とは言い換えれば「才能」のことだけど、周囲との軋轢を生むほどの「才能」、もっといえば、軋轢を生むだけの価値を備えた人間は少ない。大抵の人は「才能」と無縁だから、世間と折り合いをつけることを強いられる。結局のところ、「個性」で悩むのは一握りの人間なのだ。ヘッセは多芸多才の才能人であり、彼の言葉は自分の同類に向けられている。一般ピープルは早めに妥協することが肝要だ。