2010.9c / Pulp Literature

2010.9.22 (Wed)

フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』(1958)

トムは真夜中の庭で(112x160)

★★★★★
Tom's Midnight Garden / A. Philippa Pearce
高杉一郎 訳 / 岩波少年文庫 / 2000.6 / カーネギー賞
ISBN 978-4001140415 【Amazon

夏休みに入ったトム少年は、おじの住むアパートに預けられることになった。そのアパートは昔の屋敷を改装したもので、ホールには古時計が置いてある。真夜中、古時計が13の時を打つと、トムはヴィクトリア時代にタイムスリップ。そこで一人の少女と出会う。

出会いと別れ、そしてノスタルジーが交差した時間系SF。これは『マイナス・ゼロ』【Amazon】に匹敵する傑作じゃなかろうか。霊的存在として過去に入り込んだトムが、現地の孤独な少女と友だちになる(基本的に他の人にはトムが見えない)。トムと少女には体感する時間にギャップがあり、トムは少年のまま、少女は会うたびに成長している。もっとこの世界で過ごしたいと思うトム。しかし、2人の関係は永遠には続かず、少女は大人の階段をのぼることになる……。お話としてはとてもシンプルなのだけど、自然や人物といったディテールが素晴らしく、すべての輪が閉じたときの充実感がすごい。過去に生きる者と現在に生きる者との交わりに、何とも言えない感慨がある。児童文学は大人になってからのほうが楽しめるんだなー。「人は変わっていく」という事実を巧みに語っていて、『夏への扉』【Amazon】よりも断然いいと思う。

2010.9.26 (Sun)

ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』(1904-12)

ジャン・クリストフ(115x160)

★★
Jean Christophe / Romain Rolland
豊島与志雄 訳 / 岩波文庫 / 2003.9
ISBN 978-4002010700 【Amazon】(全4冊)

音楽家ジャン・クリストフの生涯。ドイツの貧しい音楽家一家に生まれたクリストフは、飲んだくれの父の横暴に苦しめられながらも、宮廷音楽家として頭角をあらわしていく。しかし、我の強い彼には数々の苦難が降りかかるのだった。

いやー、もうお腹いっぱい。主人公の精神形成を描いたいわゆる「ビルドゥングスロマン」ってやつだけど、思い込みに満ちた人間観と独断的な芸術観がたっぷり詰まっていて読むのがしんどかった。ドイツとフランスの頽廃した文化、さらには批評の腐敗や大衆のきまぐれなどを激しく批判し、一部の庶民が持つ素朴な感性に希望を見出している。この小説はクリストフの人生を縦糸に、折々の社会状況を絡ませ、苛烈なイデオロギー闘争を展開しているのだ。暑苦しい情念の塊を大出量で吐き出していて、そのエネルギーは燃えさかる太陽のように半端ない。トルストイとヘッセの鬱陶しい部分を合わせたような説教くさい小説になっている。

それと、人物の性格なり物事の状況なりをいちいち説明しているのもきつい。たとえば、「お人好しの人物」がいたとして、普通はいかに「お人好し」であるかを具体的な描写で明らかにするのに、この小説ではそのまま「お人好しである」と説明してしまう。また、ある人物が過去に何か「嫌がらせ」をしたとして、本作はその内実に分け入ろうとはしない。肝心の部分は空白のまま、ただ平板な説明を延々と連ね、そうした大量の叙述の合間にわずかながらエピソードが挟まっている。つまり、この小説は素人くさいのだ。初心者が勢いにまかせて書いたような内容で、現代人がいまさら読むようなものではない。これを芸術と呼ぶのは芸術に対して失礼だと思う。

しかし、かつてはこれがインテリの必読書で、日本のエリートはみな感動に打ち震えながら読んでたんだよな。古き良き教養主義の時代。確かに、旧制中学あたりにいるエモい文学青年が好みそう。ホモソーシャルな「友情」に憧れ、喧嘩をすると「君とは絶交だ!」なんて言っちゃうタイプ。さらには、夜中に包丁を持って両親の枕元に立ったことがあるメンヘルとか、大学で哲学を専攻して病をこじらせている中二病とか、心に闇を抱えた人にぴったりだろう。本作の確信に満ちた書きぶりには、危うい人間を引き寄せる力がある。読むのだったら若いうちにどうぞ。

2010.9.29 (Wed)

堀江敏幸『一階でも二階でもない夜』(2004)

一階でも二階でもない夜(112x160)

★★★
中公文庫 / 2009.12
ISBN 978-4122052437 【Amazon

エッセイ集。2000年から2003年のものを収めている。

『回想電車』の続編。相変わらず文章が美しかった。いまどきのインテリらしく身体感覚に意識的で、物の細部にこだわりながら的確な比喩を編み込んでいく。ときおり息の長いセンテンスで遊ぶのも忘れない。滋味豊かな表現でささやかなアナクロ趣味を語り、CDよりもレコード、液晶画面よりもブラウン管、WindowsよりもMacintoshを好むような独特の価値観を披露している。著者は間違ってもマクドナルドのハンバーガーなんて食べないだろう。逆に三つ星レストランでフルコースを注文している姿も想像がつかない。イメージとしては、路地裏にある鄙びた食堂がよく似合う。

伝統的な日本文学の素養に、異国の血が違和感なく溶け込んでいるのも見逃せない。昭和の比較的マイナーな作家を偏愛しつつ、フランス文学にも同じくらい傾倒している。しかも、その趣味がぜんぜん鼻につかないのだから驚きだ。田舎者のフランス嗜好とは次元を異にしているし、バブル世代に顕著な醜い自己顕示欲とも無縁。ましてや万引きや暴行を武勇伝のように語るタイプ(バブル世代に多い)でもなく、ただひたすら趣味の良さが滲み出ている。幸福な文化的混血児、あるいは現代の余裕派といった趣である。

ところで、作中でも指摘されていたけれど、「技巧が先走っている」というのはまったくその通りだと思う。須賀敦子への追悼文なんか、うねうねと綴られた賛辞が優雅にワルツを踊っていて嘘くさい。磨きぬかれた技巧が、かえって思惑やしがらみを浮き彫りにする結果になっている。この人はあまり物を褒めないほうがいいのではないか。