2010.10a / Pulp Literature

2010.10.6 (Wed)

ウィリアム・トレヴァー『アイルランド・ストーリーズ』

アイルランド・ストーリーズ(108x160)

★★★★★
Selected Short Stories Vol.2 / William Trevor
栩木伸明 訳 / 国書刊行会 / 2010.8
ISBN 978-4336052889 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「女洋裁師の子供」、「キャスリーンの牧草地」、「第三者」、「ミス・スミス」、「トラモアへ新婚旅行」、「アトラクタ」、「秋の日射し」、「哀悼」、「パラダイスラウンジ」、「音楽」、「見込み薄」、「聖人たち」の12編。

主な舞台はアイルランド。子供から老人まで、ご当地の人たちの心の揺らぎが焦点になっている。これはアイルランドを体験するのにぴったりの本ではなかろうか。どんな人間も何らかの価値観を内面化しており、それに蜘蛛の巣のように絡め取られているわけだけど、特にアイルランドは複雑な歴史を抱えているから、それに応じた渋めのドラマが出来上がっている。こういうのって地域によって独自のカラーがあるから面白い。

著者は根っからのストーリーテラーなのだろう。文章はシンプルで筋運びはスムーズ、ときに通俗小説と思えるほど軽やかなのに、終わってみれば内面の深いところに到達している。技巧を技巧と感じさせないなめらかな仕上がりは、手練れの物語作者なればこそだ。創作科出身の若手作家とはひと味違う。

以下、各短編について。

「女洋裁師の子供」(2007)"The Dressmaler's Child"

父の修理工場を手伝っている少年。そこへスペイン人のカップルが訪ねてきた。彼らはこの付近にある聖母像のところへ行きたいという。少年はボロ車を運転して2人を送迎するが……。

かつて騒動を起こしたいわくつきの聖母像が、少年の罪悪感と密接に絡んでいく。徐々に高まっていく緊張、そして、パズルのように噛み合う偽の奇跡。この持っていき方には惚れ惚れするねえ。女郎蜘蛛を彷彿とさせる女洋裁師も不気味でいい。★★★★。

「キャスリーンの牧草地」(1990)"Kathleen's Field"

1948年。農夫のハガーティーは、牧草地を買い取るべく銀行に資金を借りにいくも、借金が残っているせいで断られてしまう。しかし、帰り道で運良く金持ちとめぐり逢った彼は、娘のキャスリーンを住み込みのメイドとして奉公に出すことで、金持ちから融資を受けることになった。キャスリーンは父の借金を返すべくただ働きをする。

上の兄弟はみな外国に移住していて、1人だけ蟻地獄にはまっている。サクリファイスというべき多大な重荷がきついわー。誰も肩代わりしてくれる人がいない。ラクダのように耐え忍ぶのみである。まさに「キャスリーンの牧草地」だ。★★★★。

「第三者」(1990)"The Third Party"

2人の男がホテルのバーで待ち合わせる。片方がもう片方の妻と姦通していたため、男同士で話をつけようとしていた。当初は平和的に離婚の話をするつもりだったが……。

妻には未練がないと自分に言いきかせながらも、心の奥にはわだかまりがあり、アルコールの力も手伝って無礼な発言に及んでいる。強がりと痩せ我慢の狭間から出てきた不合理な感情。相手の男が元いじめられっ子っていうのがまた良い味だしていて、これによって2人のやりとりがスリリングなものになっている。なぜ黙って離婚しないのか? 男心を知りたい婚活女子は必読だ。★★★★。

「ミス・スミス」(1967)"Miss Smith"

教師のミス・スミスは、とんまな少年ジェイムズを公然と侮辱していた。ジェイムズはスミスに好かれたいと願うが思いは通じない。その後、スミスは結婚を機に退職。無事に出産をすませて子育てに励むも、身近で奇妙な出来事が起きるようになる。

人間のやりきれない部分を拡大していて、ホラーよりもぞっとする。そういえば、トレヴァーにはこういうのもあるんだな。とんまな少年がいかにもな感じ。★★★★。

「トラモアへ新婚旅行」(1990)"Honeymoon in Tramore"

2人の男女が新婚旅行へ。女は農場主の娘、男はそこの小作人だった。逆玉の意外な事情が明かされる。

イアン・マキューアンの『初夜』を思わせる技巧的な小説。叙述トリックのような手つきで、2つの時間をシームレスに行き来している。この小説の何がすごいって、やっていることとは裏腹に技巧走ったところが全然ないところだ。一個の物語として素直に読むことができる。★★★★。

「アトラクタ」(1978)"Attracta"

老教師のアトラクタが新聞の事件記事を読んで衝撃を受ける。その事件はアイルランドの<紛争>絡みで、アトラクタの過去を呼び覚ますものだった。アトラクタは生徒たちに物語をする。

カトリックとプロテスタントの対立から、個人の信仰の問題に立ち入っていく。無宗教の人からすればキチガイじみた世界観だけど、そう突き放してもいられない切実さがあるのも事実だ。人並みに信念を持っていたら傍観者ではいられず、すれちがいを覚悟しながらも愚直に物語をするしかない。これぞキリスト教文化圏、これぞアイルランドである。★★★★★。

「秋の日射し」(1981)"Autumm Sunshine"

妻を亡くした牧師。4人の娘たちはみな家を出て独立していた。今回、末の娘が婚約者を連れて帰ってくる。婚約者はアイルランドにシンパシーを感じているイギリス人だったが、牧師は彼が気に入らなかった。

娘に近づく男はみないけ好かない。聖職者だからそう思うことは悪いことだと自覚している。しかし、どうにも相手がいけ好かない。妻を亡くした孤独な男が、梅雨空のような気分で2人と応対しながらも、最後は天から祝福を受ける。包み込むような秋の日差しが小憎らしい。★★★★。

「哀悼」(2000)"The Mourning"

アイルランドの田舎に住む青年が、コネを頼りにロンドンに出る。建築現場で仕事をするも、親方は意地の悪い奴だった。青年はアイルランドの同胞たちと交流、ある頼み事をされる。

頼りない青年が、今回の騒動を機に一皮むける。今テロリストといったらアラブ人のことを指すけれど、少し前はアイルランド人がそのポジションだったんだな。短絡的な憎しみに酔い、英雄気取りのテロごっこで人を殺すのだからたまらない。青年は意識が変わることで違った風景が見えるようになる。★★★★。

「パラダイスラウンジ」(1981)"The Paradise Lounge"

不倫カップルが別れの思い出をつくるべくパラダイスラウンジに。そこには80を越えた老婆もいた。老婆は時代のせいで思いを果たせずにおり、お楽しみ中のカップルを羨んでいる。一方、カップルの女も老婆に注意を向け、あることに気づく。

物語を抱えた者同士の交錯がいい。ちらちらとお互いを気にしている。老婆サイドの関係は、禁欲社会が生んだ悲劇であるけれども、プラトニックな愛は外から見ると崇高に映る。多大な犠牲を払った結晶のような愛だ。★★★★★。

「音楽」(1986)"Music"

両親と同居している青年は、父の後を継いでしがない下着セールスマンをしていた。彼はいつかアイルランドから出ていきたいと思っている。また、青年は幼い頃、近くの神父からピアノを習い、その才能を賞賛されていた。将来は音楽の道に進みたかったが……。

うひゃー、これは残酷だ。神父の自己満足のために夢を打ち砕かれるのだからたまったものではない。こういうのは本人が自分で気づくべきものであって、他人(それも親しい人間)に言われるのはさぞショックだろう。しかも、今際の際の告白というご大層な形で! 神に仕える者はみなエゴイストである。★★★★★。

「見込み薄」(2000)"Against the Odds"

妻子を爆弾テロで亡くした男。そして、当局から狙われている女。偶然出会った2人が親密になっていく。

中年同士の微笑ましいロマンスかと思いきや、そこからふた捻りくわえた意外な展開を見せている。北アイルランドの紛争を絡めたラストは出来すぎと言えなくもないけれど、しかし、こういう希望の重ね合わせは嫌いではない。「見込み薄」にはわずかな可能性がある。男を籠絡する女の手管は、婚活女子の参考になるだろう。★★★★。

「聖人たち」(1981)"Saints"

イタリア在住の老人が、少年時代に世話になったメイドを見舞うため、半世紀ぶりに里帰りする。入院中のメイドは正気をなくしており、数々の奇跡を起こして「聖人」扱いされていた。

過去の聖人たちを羅列するくだりでぞくっときた。紛争と宗教がアイルランドに独自の色をつけているわけで、これぞキリスト教文化圏、これぞアイルランドである。★★★★。

>>Author - ウィリアム・トレヴァー

2010.10.10 (Sun)

J・M・G・ル・クレジオ『偶然』(1999)

偶然(109x160)

★★★
Hasard suivi de Angoli Mala / Jean-Marie Gustave Le Clezio
菅野昭正 訳 / 集英社 / 2002.3
ISBN 978-4087733587 【Amazon

中編集。「偶然」、「アンゴリ・マーラ」の2編。

海と森を舞台にした異国情緒あふれる本だった。都会とは隔絶した、地球の裏側のような風景。善悪を超越した大自然がでーんとそびえ立ち、そこで人々が生を営んでいる。インディオやクレオールといった土俗的な世界を描いていて、この雰囲気はちょっと癖になる。

以下、各中編について。

「偶然」(1999)"Hasard"

南仏。母と2人で暮らしている少女ナシマが、家出をすべく密かに帆船アザールに乗り込む。アザールの船長は初老の映画監督モゲル。彼は自分の浮気のせいで家庭を壊していた。旅を通じて孤独な2人が邂逅を果たすも、船は破滅へと突き進んでいく。

またお決まりの自然賛美かと思っていたら、ドラマのほうにも力が入っていた。蜜月ともいうべき冒険を経て、2人はそれぞれの日常に帰る。自由な船上とは違い、陸上では様々な規則がのしかかってきてなす術がなかった。成長するナシマと転落するモゲル、2人の交流にぐっとくる。★★★★。

「アンゴリ・マーラ」(1985)"Angoli Mala"

パナマ。森の中で暮らす混血児ブラビトが、魅力的な娘ニーナと出会う。彼女は早くここからおさらばしたかった。ブラビトは密売人グループと行動を共にするようになるが……。

野生に還ったブラビトがやべー。壊れたラジオから何かを受信している彼は、たった一人で密売人グループを殲滅、死体から指を切り取って首飾りにしている。警備隊が乗り出してきても、大自然の中に引っ込んで尻尾を出さない。ランボー【Amazon】もびっくりのサバイバル術を身につけている。これはもう中米ならではの辺境感が良いね。インディオと白人の境界で織りなす現代の「伝説」がここにある。★★★。