2011.1a / Pulp Literature

2011.1.4 (Tue)

ジョン・W・ダワー『昭和』(1993)

昭和

★★★★
Japan in War and Peace / John W. Dower
明田川融 監訳 / みすず書房 / 2010.2
ISBN 978-4622075172 【Amazon

論文集。「役に立った戦争」、「日本映画、戦争へ行く」、「『ニ号研究』と『F研究』 日本の戦時原爆研究」、「造言飛語・不穏落書・特高警察の悪夢」、「占領下の日本とアジアにおける冷戦」、「吉田茂の史的評価」、「日本人画家と原爆」、「ふたつの文化における人種、言語、戦争」、「他者を描く/自己を描く 戦時と平時の風刺漫画」、「日米関係における恐怖と偏見」、「補論 昭和天皇の死についての二論」の11編。

日米のプロパガンダを比較した論考が興味深い。ハリウッド映画では日本兵という敵を具体的に描くのに対し、日本映画には敵の姿がまったく現れない。

では何を描いているのかというと、ほとんどは「純粋な自己」だという。

これらの戦争映画(引用者註: 日本のプロパガンダ映画)を観た人ならだれもがもつ圧倒的なイメージは、純粋で、苦しみに耐える、自己犠牲的な国民としての日本人である。それは結局、永遠の犠牲者(……)としての日本人像である。(……)それは、戦争にたいする個人的責任感の欠落であり、また集団的責任感の欠落であり、あるいは、日本人は他の諸国民を犠牲者にもしたのだという認識があらゆるレベルで欠落していることを意味する。(p.45)

日本は「島国」かつ「神の国」だからこういうストーリーになるのだろう。閉鎖的な国民性と神話的なイメージがグロテスクに交わっている。

続いては戦後日本の復興について。日本の復興はアメリカの勢力拮抗論に支えられたものであり、日本独自の功績ではないという。

すでに一九四七年春には、西側で大がかりな戦闘がおこなわれる場合には、アメリカの「イデオロギー上の敵」を食いとめることのできるアジアで唯一の国だという評価を、統合参謀本部は日本にあたえていた。それゆえ、「太平洋地域のすべての国のなかで、日本は経済と軍事能力を復興させるためのアメリカの援助を最優先で考慮されるべき国である」と、軍の戦略当局はみていた。(p.138)

日本の産業基盤を支配下に収めることは、アメリカにとってよりもソ連にとって価値が高い。ソ連が日本の工業製品をより緊急に必要としているからというだけでなく、日本の工業がもっとも効率よく利用できる天然資源を産する地域(主として、中国北部、満州、朝鮮)を実質的に支配することにもなるからだ。こうした理由から、日本の経済・軍事能力をソ連に利用させないことが、長期的なアメリカの安全保障上の利益にかなうことになる。(p.141)

これはまったくその通りで、たまたま冷戦構造にはまっただけなんだと思う。ちょっと金を持ったからって調子に乗っちゃあかんね。

2011.1.8 (Sat)

パトリシア・ハイスミス『ゴルフコースの人魚たち』(1985)

ゴルフコースの人魚たち

★★★
Mermaids on the Golf Course / Patricia Highsmith
森田義信 訳 / 扶桑社ミステリー / 1993.6
ISBN 978-4594011758 【Amazon
ISBN 978-0393324563 【Amazon】(原書)

短編集。「ゴルフコースの人魚たち」、「ボタン」、「事件の起きる場所」、「クリス最後のパーティ」、「カチコチ、クリスマスの時計」、「無からの銃声」、「狂気の詰め物」、「たぶん、次の人生で」、「僕には何もできない」、「残酷なひと月」、「ロマンティック」の11編。

「人生の落とし穴」と言われれば確かにその通りではあるかな。狂気だったり精神病だったり、よくこれだけのシチュエーションを思いついたなあと感心した。

以下、各短編について。

「ゴルフコースの人魚たち」"Mermaids on the Golf Course"

大統領を銃弾から守って負傷した男は、10日前に退院したばかり。男は大統領から豪邸をあてがわれ、そこで記者たちを呼んでパーティを開くことになった。復帰に向けて順風満帆に見えたが、なぜか孫娘だけには避けられている。

狂気とは自分の振る舞いと他者の期待が咬み合わないところにあるのだろう。TPOに合わない下品な話題、お気に入りの女性記者への異常な執着。男は自分が狂っているとは微塵も思っておらず、ただただ特定の非常識だけが突出している。これは精神科でお薬をもらうしかないね。★★★。

「ボタン」"The Button"

税理士の男には重度の障害児がいた。妻は息子を可愛がっているものの、男は彼を疎んでいる。深夜、仕事の息抜きに外出した男は、健康的な男女を見て憎悪の念を燃やす。そして、偶然出会った中年男を絞殺するのだった。

傍から見れば通り魔なんだけど、男にとって被害者はある種の生贄になっている。そう、息子を殺す代わりに中年男を殺したのだ。殺人を犯したわりには罪悪感などまったくなく、それどころか息子への態度が好転している。殺人が生きる拠り所になるという倒錯した心理が恐ろしい。★★★★。

「事件の起きる場所」"Where the Action is"

売れないカメラマンが事件の写真を撮影、ピュリッツァー賞を受賞した。これを機にカメラマンの人生が激変する。

地位や名声を得るっていうのはこういうことなんだろうなあ。気がついたら自分のなかで都合の良い「物語」を作ってそれを演じている。真実なんてお構いなし。まあ、人間なんてこんなもんだよねってことで。★★★。

「クリス最後のパーティ」"Chris's Last Party"

それなりに成功したベテランの舞台俳優が、若い頃お世話になった師匠クリスのもとへ。弟子たちが一同に会したパーティーに参加する。クリスは高齢で先は長くなさそうだった。舞台俳優は自分の境遇に不安を感じる。

死にかけた師匠を前に心のスキマを作りまくり。これでは喪黒福造にドーンされてしまう。★★★。

「カチコチ、クリスマスの時計」"A Clock Ticks at Christmas"

裕福なマダムが貧しい少年に施しをする。さらに、マダムは少年を家にあげて歓待までした。これを機に夫婦関係が壊れていく。

夫の大事な時計が盗まれてしまったというわけ。マダムの甘ちゃんぶりはどうしようもなくて、これは夫に同情してしまうけれども、結局はこういう理不尽さを受け入れるのも度量のうちなのだろう。かたや成金の夫、かたや富裕層のマダム。育ってきた環境が違うし、夫婦といえども他人だから……。ハイスミスはこういう人生の落とし穴を描くのが上手いね。もはや職人芸の域。★★★。

「無からの銃声」"A Shot From Nowhere"

メキシコに滞在中の男が、シエスタの時間に銃声を聞いた。外を見ると少年が撃たれて血を流している。警察か病院に連絡しようとするも、周囲の住人は関わろうとしない。その後、男は警官に連行されてしまう。

著者お得意の異境もの。アメリカ人にとってメキシコとは近くて遠い国ってことなのかな。いくら隣り合っているからといって、自分たちの常識が通るとは限らない。余所者には分からないルールがある。メキシコっていうのはホント何なんだろうねえ? コーマック・マッカーシーの『越境』を思い出す。★★★。

「狂気の詰め物」"The Stuff of Madness"

妻が死んだペットたちを剥製にして庭に飾っていった。今度それを取材に記者が来るという。夫は常々その剥製を気持ち悪く思っており、取材にも反対だった。

げー、妻よりも夫のほうがヤバかった! 見事なまでに狂気の坂を転げ落ちている。★★★。

「たぶん、次の人生で」"Not in This Life, Maybe the Next"

未亡人の前に怪物が現れる。その怪物は他の人間には認識できず、ただ未亡人にだけ見えていた。

『ジョジョ』【Amazon】に出てくるスタンドみたいで微笑ましい。きっとスタンド使いにしか見えないんだよ。★★★。

「僕には何もできない」"I am Not as Efficient as Other People"

郊外に別荘を持つ男。彼は会社一のセールスマンだったものの、隣人の器用さに劣等感をおぼえる。

趣味の領域で「僕には何もできない」という。いかにもストレス社会の申し子といった感じだ。劣等感が高じて彼岸の域にまで行っている。これも精神科でお薬をもらうしかないね。★★★。

「残酷なひと月」"The Cruellest Month"

お気に入りの作家に手紙を送るのを趣味としていた女教師。そんな彼女が作家の一人に会いに行く。

人生とは何かを求め、求めながらも手に入れることができずに失望するものでしかない。そのあいだにも人々はうつろっていき、しなければならないことをする。──しかし、何のために? そして誰のために? (p.314)

これは成長物語なのか? 愚行の代償を負い、日常に復帰する。多少の悟りを伴いながら。★★★。

「ロマンティック」"The Romantic"

受付嬢のイザベルが男性から食事に誘われる。

著者らしいイカレた、いや、イカした話じゃないか。★★★★。

>>Author - パトリシア・ハイスミス