Page Topics
- 24 : 今週のサカマガがヤバい
- 26 : 漫画太郎『まんカス』(2006)
- 30 : 橋本治『権力の日本人 双調平家物語ノート1』(2006)
2011.5.24 (Tue)
■今週のサカマガがヤバい

オーロイが表紙を飾っているのだけど、これ、完全に化物扱いじゃーん。
他のコラ画像と並べてもあまり違和感ないような。




J2は敵にでかいFWがいると脅威だよね。千葉のオーロイとか岡山のチアゴとかホント怖いわ。
- 出版社/メーカー: ベースボールマガジン社
- 発売日: 2011/05/24
- メディア: 雑誌
2011.5.26 (Thu)
△漫☆画太郎『まんカス』(2006)

★★★★★
太田出版 / 2006.10
ISBN 978-4778320256 【Amazon】
短編集。「左翼ボクサーのぼる」、「エロ本物語」、「まいうー物語」、「けつだいらまん物語」、「ビーチク物語」、「パルテノンへの道」、「なんこうババア」、「タンスおやじ」、「バギナババア」、「老若男女物語」、「渡る世間はオマンコばかり」、「ギタイ」、「つっぱり桃太郎最終話」の13編。
単純に笑える最高のクソ漫画だった。タイトルと表紙から何となくゲテモノっぽい感じがするけれども、それほど人を選ぶ作風というわけでもなく、エロとグロとナンセンスが渦巻く強烈な絵が存分に味わえる。本書はいわゆるストーリー漫画(物語性の強い漫画)ではない。見開きでのインパクトに特化した一発芸的なギャグ漫画だ。ババアの裸体をはじめとした下ネタ、そしてギャグの基本である「繰り返し」が、劇画調の小汚い絵柄と、妙な可笑しみを誘う大胆な構図によって表現されている。
しかし、何といっても最大の持ち味は人物の「顔」だろう。画太郎は井上雄彦と同じく、生き生きとした表情を描くのが得意な漫画家だ。顔面の筋肉や皺、目や唇のディテールは匂い立つほどの質感で、登場人物は惜しげもなく喜怒哀楽をさらけ出している。この顔芸とでも言うべき百面相が実に面白い。目を剥き出しにしたりヨダレを垂れ流したり、全力で生を謳歌しているような生々しさが感じられる。そのうえ、彼らはしなびた乳房や粗末な局部を当たり前のように開陳し、痴態の限りを尽くすのだからたまらない。汚濁の中にこそ浮かび上がる生命のたくましさが感じられる。
以下、各短編について。
「左翼ボクサーのぼる」(2004)
左翼ボクサーのぼるが世界タイトルマッチのリングに立つ。
これから物語が始まるってところでいきなりオチがついて笑った。何だこりゃ。
「エロ本物語」(2004)
3年B組の教室で、男子生徒たちがエロ本に興じていた。そこへ担任の珍八が登場、生徒を殴りつけたうえエロ本を没収する。
生徒や先生の表情がすごい。よだれを垂らしながらニヤニヤとエロ本を眺めたり、鬼の形相で暴力を振るったり。これぞ全力投球って感じだ。
「まいうー物語」(2005)
食事中に「まいうー」と言ったことが原因で娘と喧嘩した親父。そのことを屋台の店主に愚痴ると……。
「まいうー」言われたときの店主の唖然とした顔が笑える。
「けつだいらまん物語」(2005)
ステージを終えた男が付き人を連れてトイレへ。独特の格好でうんこをする。一方、会場ではアンコールの声が鳴り響いていた。
ちょんまげに着物姿でケツマンサンバを踊るこの男は紛れもなくマツケンであり、彼にあられもない格好をさせた本作は、パロディとして最良のものであると断言できる。
ケツマンサンバを踊っているときの顔や体つきが最高です。何か妙にセクシーなんだよね。
「ビーチク物語」(2004)
自転車で2人乗りをしている中年の男女が、通行人にぶつかって転倒、女の乳首が伸びてしまった。男はそこへ軟膏を塗る。
く、くだらねー(褒め言葉)。しかも、わりと長いから困る。
「パルテノンへの道」(2003)
風の谷のセバスチャンが和平会談へ。村長やユパ様に見送られるも、途中で村長が倒れてしまう。
ヒューマニズムを茶化しているようで実は一周回ってるみたいな。
「なんこうババア」(2005)
学生がババアの乳首と性器に軟膏を塗る。
うげー。「ビーチク物語」はまだ使えなくもなかったけれど、ババアでこれをやられるとさすがにきつい。
「タンスおやじ」(2005)
栃木県宇都宮市。タンスを担いで帰る人妻の前に怪しい男が。運ぶのを手伝ってくれるという。
終盤のダイナミズムが素晴らしい。ゴロゴロドカーンな凄まじい狂騒。大ゴマを贅沢に使うところは板垣恵介を思わせる。
「バギナババア」(2005)
エロ本が買えなくて自己嫌悪に陥っている若者。そんな彼の前に全裸のババアが現れる。
ぎゃー。
「老若男女物語」(2005)
学生と高齢者が一緒に義務教育を受けるようになった時代。3年B組の教室に、車椅子に乗った老婆(亀頭なめ子)が連れて来られる。彼女には介護が必要だった。クラスメートの1人が世話をしようと申し出るが……。
地獄だ! 地獄だ! (『闇の奥』【Amazon】風に)
「渡る世間はオマンコばかり」(2005)
中年の夫婦が交わっているところへ夫の母親が登場、3年もセックスしてなくて体がほてっているという。それは可哀想なので親子水入らずで(以下略)
ぐえー。まさかの近(以下略)
「ギタイ」(2005)
漁師の親子が人面魚を釣ってきた。さらに母ちゃんが持ってきた大根も人のような形をしている。
これはよくできたSF短編。星新一や筒井康隆っぽいかな。絵はかなり丁寧に描かれていて、人型の動植物は不気味であると同時に美的でもある。メルトダウンが起きた今日にあっては興味深い絵面だろう(奇形的に)。
「つっぱり桃太郎最終話」(2006)
無事ミッションを終えた桃太郎たちだったが、津波に巻き込まれて浜辺に打ち上げられる。気がつくとババアの乳首が伸びていた。桃太郎はババアの乳首に軟膏を塗る。
また軟膏か! まあ、ある意味期待に違わぬ終わり方だけど。
モデルはボクシングの亀田一家。
2011.5.30 (Mon)
▲橋本治『権力の日本人 双調平家物語ノート1』(2006)

★★★
講談社 / 2006.3
ISBN 978-4062131230 【Amazon】
『双調平家物語』に関するエッセイ。「平清盛の謎」、「祇園精舎の悪人達」、「武者の世」、「武者はどこから来たか」、「武者と官僚」、「主権者の欲望」、「望月の後」、「斜陽する摂関政治」、「天皇と院政」、「悪女について」、「皇女達の暴走」、「女の時代」、「権力構造の錯綜」、「藤原不比等の時代」、「天平の騒擾」、「そして王朝は海に沈む」の全16章。
『双調平家物語』はまだ途中までしか読んでないけれども、本書を読んであの独特の解釈が何に由来するのかがよく分かった。博覧強記も去ることながら、人間関係をワイドショー的想像力で読み解くきらいがあって、だからああいう捻った感じになるんだと思う。ワイドショー的っていうのは、たとえば歴史上の人物を「男」と「女」に還元して考えるってこと。綺麗に磨かれた御簾を分け入って、そこにあるかもしれない感情をすくいとっている。大胆と言えば大胆ではあるけれど、しかし人間なんて今も昔も大して変わらないはずだから、このアプローチは有効なんだろう(たとえ相手が天皇であっても)。硬派な分析のなかに時々俗っぽいところが見え隠れするのが新鮮だったりする。
白河上皇は「男であること」を求めている。あるいは、模索している。どうしてそうなるのかというと、白河上皇の父の後三条上皇が、「父でありたい」という欲望を公然とさせた人だからである。(p.132)
刺激的な見解が盛りだくさんで勉強になった。王朝時代の全盛期は「女」によって成り立っており、院政の時代で「男」が誕生するとか。「父」をキーワードに後三条天皇と白河天皇の関係を読み解くとか。源平合戦における「悪」の所在とか。歴史に一本の芯を通している。
