Pulp Literature

Last Updated: 2010.7.29 (Thu)

2010.7.25 (Sun)

ラドヤード・キプリング『少年キム』(1901)

少年キム(114x160)

★★★
The Kim / Rudyard Kipling
斎藤兆史 訳 / ちくま文庫 / 2010.3
ISBN 978-4480426918 【Amazon

ラホール在住の少年キムは、イギリス軍人の血をひく孤児だった。彼はチベットから来た老僧と共にベナレスへ向かう。道中、イギリス軍の大佐に認められ、グレート・ゲーム(闇戦争)の尖兵になるべく教育を受ける。

インドは耳慣れぬ言葉で神の言葉を熱っぽく語る聖人たちでいっぱいである。自らの情熱の炎のなかで打ち震えながら、燃えつきる者たちがいる。夢を追い、不思議な言葉を語り、神のお告げを聞く者たちがいる。太初よりこの世の終わりまで、それは変わることがない。(p.62)

インドを舞台にしたスパイ小説。19世紀末のグレート・ゲーム、すなわちロシアとの諜報戦を題材にしている。ミッションの手順や組織のありかた、キムの抜け目ない行動など、スパイまわりの細部はけっこう本格的で、さすがMI6の国だと感心してしまう。さらに、インドの風俗も素晴らしく、イスラーム・ヒンドゥー・仏教が混在するごった煮的雰囲気に魅力がある。こういう物語が生まれるんだったら帝国主義も悪くないねえ。インド人もびっくりのエキゾチックな小説だった。

老僧とキムの師弟関係が楽しい。師匠のほうは本気で悟りを追い求めており、万事において子供のような純粋さがある。世俗の機微にはやや疎く、現代だったら振り込め詐欺に引っ掛かりそうなタイプだ。一方、弟子のほうは神も仏もない現実主義者で、年齢に似合わずえらい世慣れている。2人は聖と俗を代表する凸凹コンビといったところだろう。宗教に身を捧げた師匠はある意味でエゴイストだけど、しかし弟子には情がうつっていて、随所で子煩悩ぶりを発揮している。のみならず、弟子のほうも師匠を慕っていて、彼らは揺るぎない信頼関係で結ばれている。西洋と東洋の幸福な出会いを堪能した。

2010.7.20 (Tue)

E・L・ドクトロウ『紐育万国博覧会』(1985)

World's Fair(104x160)

★★★
World's Fair / E.L. Doctorow
中野恵津子 訳 / 文藝春秋 / 1994.8 / 全米図書賞
ISBN 978-4163150109 【Amazon
ISBN 978-0812978209 【Amazon】(原書)

ニューヨークに住むユダヤ人の一家。移民3世の少年エドガーは、癖のある家族と幸せな子供時代を送っていた。ところが、30年代になってナチスの勢力が拡大、身近でユダヤ人への迫害が起きるようになる。そんななか、ニューヨークでは万博が開かれようとしていた。

何の捻りもない家族小説だった。モノクロームの少年時代をノスタルジックに回想するという内容で、大戦前のニューヨーク万博がクライマックスになっている。登場人物は個性的だし、ユダヤ人の生活は興味深いし、それなりに引き込まれるものはあるけれども、しかしいま読むにはおとなしすぎて物足りない。小さくまとまったままで工夫がなく、形式から予想のつく程度の面白さなのである。やはり80年代の小説だから仕方がないのだろうか? でも、これより遙かに刺激的な『エドウィン・マルハウス』は1972年だからなあ。それを考えると、もっとプラスアルファが欲しいところである。

2010.7.18 (Sun)

『名探偵ポワロ 完全版 Vol.12』(1991/英)

名探偵ポワロ 完全版 DVD-BOX 1(104x160)

★★★★
Agatha Christie: Poirot
デビッド・スーシェ / ヒュー・フレイザー / フィリップ・ジャクソン / ポーリン・モラン / アン・スタリーブラス / デビッド・クイルター
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(16枚組) 【Amazon

「あなたの庭はどんな庭?」、「100万ドル債券盗難事件」の2編。

Vol.11の続き。

第21話「あなたの庭はどんな庭?」"How Does Your Garden Grow?"

チェルシーで園芸博覧会が開催。ゲストとして招かれたポワロは、会場で車椅子の老婦人と接触する。そのとき、婦人は助けを求める手紙を渡していた。ポワロとミス・レモンが家を訪ねると、婦人は既に死亡。毒殺の疑いがあるという。

「1935年」と具体的な年代が明らかになっている。ドラマ版はヒトラーやスターリンと同時代であり、前者(ナチス)については今までもちらっと言及されていた。今回はソ連の関係者が事件に絡み、国際的陰謀を匂わせている。といってもまあ、ミステリだから一筋縄ではいかないのだけど、とにかく、時代性を打ち出していることには間違いない。この回では、スターリンの肖像画や「民衆のアヘン」などを小道具に使っている。

今の日本では複数人殺さないと死刑にならないけれど、当時のイギリスは1人でも殺したら縛り首になったようだ。そりゃ犯人も必死になるわなー。バレなきゃ天国バレたら地獄である。知的ゲームの裏側には、生存への強い欲求が隠れていた。殺人犯にとってポワロは死神に相当する。

第22話「100万ドル債券盗難事件」"The Million Dollar Bond Robbery"

銀行の重役が何者かに毒を盛られて重体に。彼は100万ドルの債券をアメリカに運ぶ予定だった。銀行はすぐさま別の人間を代役に立て、ポワロに護衛を依頼する。

今回は1936年5月27日前後を舞台にしている。なぜ日付まで分かるのかというと、クイーン・メリー号の処女航海が出てくるから。ポワロとヘイスティングスはこの船に乗って護衛の任にあたっている。

惚れた女性の完璧な変装に衝撃を受けるヘイスティングス。彼が直面した問題は、世の男子にとっては非常に共感できるものだろう。女は化粧によっていくらでも化けられる。顔というのは自然にあるものではなく、入念な塗装工事によって作り替えられている──。我々はこの事実を知って大人になるのだ。真理に到達したヘイスティングスに死角はない。これからの活躍に期待である。

>>Vol.13へ

>>『名探偵ポワロ 完全版』

2010.7.14 (Wed)

『名探偵ポワロ 完全版 Vol.11』(1990/英)

名探偵ポワロ 完全版 Vol.11(111x160)

★★★
Agatha Christie: Poirot
デビッド・スーシェ / ヒュー・フレイザー / フィリップ・ジャクソン / ビーティー・エドニー
ハピネット・ピクチャーズ
単品 【Amazon】 / BOX(16枚組) 【Amazon

「スタイルズ荘の怪事件」の1編。

Vol.10の続き。

第20話「スタイルズ荘の怪事件」"The Mysterious Affair at Styles"

第1次大戦下のイギリス。戦場で負傷し、本国で療養中のヘイスティングス中尉が、友人の招きでスタイルズ荘を訪れる。現地では旧友のポワロと再会、彼はベルギーから避難していた。屋敷で女主人が毒殺されたため、ポワロとヘイスティングスが調査に乗り出す。

イギリスで探偵業を始めるきっかけになった事件。もともとポワロとヘイスティングスは知り合いだったようで(原作は読んだけど覚えてない)、行きずりの協力関係もスムーズに進んでいる。また、ポワロはジャップ警部とも面識があり、こちらものっけから友好的なムードになっている。ジャップときたら、第1話の嫌味な態度からは考えられないくらい紳士的で、ポワロをリスペクトさえしているのだから驚きだ。おかげで第1話だけ浮いた格好になっている。ほか、ポワロ組の紅一点ミス・レモンは登場せず。メンバーに加わったのはもっと後のようである。この頃は不二子ちゃんを欠いたルパン一味みたいだった。

長編らしく事件はかなりの綱渡りだ。ある人物に対するポワロの態度がミスディレクションになっている。お約束の展開をずらした技ありのどんでん返しで、「序盤から怪しかった奴がそのまま犯人だった」のだから見事と言うしかないだろう。ただ、トリックが視聴者を騙すためのトリックになっているのが難点だ。犯行現場を何人かが汚染して複雑にしたり、さりげなく無茶な変装ネタ(女がひげ面の男に扮する)をねじこんだり、ドラマの上品な雰囲気と噛み合っていない。こういう作為はコミカルタッチでやらないときついと思う。メインのアイディアが良かっただけに、そこまでのお膳立てが引っ掛かった。

軍服姿が眩しいヘイスティングス。しかし、若さゆえの過ちか、妙齢女子に求婚してみごと玉砕している。相手に冗談だと受けとられているのだからまだまだだ。どうやらこの件はショックだったようで、エンディングでは「女のことが分からない」と嘆いている。恋愛体質のヘイスティングスに春は来るのだろうか? 今後の活躍に期待である。

>>Vol.12

>>『名探偵ポワロ 完全版』

2010.7.11 (Sun)

富野由悠季『機動戦士Zガンダム 恋人たち』(2005/日)

機動戦士Zガンダム 恋人たち(114x160)

★★
飛田展男 / 池田秀一 / 古谷徹 / 鈴置洋孝 / ゆかな / 池脇千鶴 / 川村万梨阿 / 岡本麻弥 / 勝生真沙子 / 浪川大輔 / 新井里美 / 井上和彦 / 島田敏 / 榊原良子
バンダイビジュアル 【Amazon

無事宇宙に上がったカミーユが、新型モビルスーツZガンダムに搭乗する。ティターンズとの戦いが激化するなか、第三の勢力アクシズが現れる。「カツの出撃」から「謎のモビルスーツ」まで。

『星を継ぐ者』の続編。カミーユとフォウが「ロミオとジュリエット」式の悲恋を演じ、カツとサラもそのバリエーションで波乱を巻き起こす。さらに、シャアとレコア、アムロとベルトーチカ、ヘンケンとエマ(ヘンケンの片思い)らがカップルを形成、エゥーゴ陣営はにわかに発情期を迎えている。大人も子供も恋をしたい。戦争という極限状態だからこそ、自分の遺伝子を残そうと必死なのである。本作は映画としては単調で見るに堪えないけれど、女性キャラの服装に80年代のセンスが詰まっていて、これはこれで興味深い資料だと思う。

>>『機動戦士Zガンダム 星の鼓動は愛』へ

>>機動戦士Zガンダム